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二葉亭四迷の明治四十一年
二葉亭四迷の明治四十一年
【文春文庫】
関川夏央
定価 620円(税込)
2003/7
ISBN-4167519089

 
  児玉 憲宗
  評価:B
   明治後期を生きた二葉亭四迷を描いている。小説家と呼ぶにはあまりにも多岐にわたった経歴を持つ「人間・長谷川辰之助」の物語といえるだろう。
「(自分にとって文学は)どうも、こう決死眼になって、死身になって、一生懸命に夢中になることができない」。志の高い二葉亭四迷はこう言った。だから「これ(文学)は自分の死場所でないというような気がする」という言葉を残してロシアに旅立ったのだ。自分の小説や翻訳が、高い評価を得、多くの文人に影響を与えたにもかかわらず。ちょっとかっこいいではないか。
 本書はさらに、二葉亭四迷が生きた明治後期を描いている。日露戦争も起きた激動の時代である。新政党の誕生、新聞の紙面革新などもおこなわれ、現代社会の原型がつくりあげられた躍進の時代である。時代の流れに合わせるように、長谷川辰之助は自分の生き場所を探し続けていたのだと思う。

 
  鈴木 崇子
  評価:C
   文学者を通して歴史を描いた、という評論。「坊ちゃんの時代」は漫画ゆえに面白かったのだろうか…。それとも私の読解力が足らないのか…。同時代の他の文学者の動向にも頁を割き、断片をつなぎ合わせたパッチワークのような構成は読みにくかった。
 主人公については、冗談のようなペンネームから豪快な明治の文士を勝手にイメージしていた。だが、この本ではいくつもの側面をもった複雑な人物として描かれている。常に焦燥感を抱き悶々とし鬱々としているところが、現代人と重なるということなのだろうか。何かを追い求める情熱には強烈さを感じたが、それが現代人が失ってしまった志の高さなのか、誇大妄想なのか、正直なところよくわからなかった。
 本文の最後と、「あとがき」に書かれていることがこの本の結論なのだろう。しかし、当時の物価など詳細に調べ上げ、彼らの生活苦やひいてはその中から文学を生み出す苦悩を具体的に描いているはずなのに、明治の時代精神は浮かび上がってこず、散漫な印象が残った。

 
  高橋 美里
  評価:B
   文学史で習うけれども実際の小説は読んだことがない、という作家の多い明治文学。
二葉亭四迷という一人の小説家の生涯を静かな文章で、そして同じ時代を生きた文人たちと重ねながら描いた作品。
いつも思うのだけれど、関川夏生さんの文章はなんだかとても静かで読みやすく、その文章そのものが作品と相まって読んでいて気持ちがいい。
すでに、明治という時代が遠い時代になってきているけれども、なんだか身近に明治の文豪をかんじることができる、そんな一冊でした。

 
  中原 紀生
  評価:AA
   関川夏央には「文体」がある。もちろんどんな作家にだってその人固有の文体はあるのだろうが、それが作品の外的な意匠や作家の内面的屈託の反映にとどまることなく、表現内容(思想や物語)と渾然一体、不即不離の関係を取り結ぶのは本当に希有なことだ。見慣れぬ漢語や歌舞伎の見得のような決めの言葉に込められた息遣いが、語られる世界の内実を生のまま読者に伝える「文体」。物故者でいえば開高健、現役でいえば関川夏央(少し違った意味合いで金子達仁)がそのような「文体」を持った書き手(あくまで、私にとって)。──その関川夏央が自らの文体を禁欲し、その多くを事実と原文に語らせながら、樋口一葉、国木田独歩、田山花袋、等々の明治の(というより、我らの同時代の)文人群像を、二葉亭四迷という「真面目で、粋で、頑固で、多情で、野暮で、そのうえ衝動的なくせにどこか、いわば岩のごとき優柔不断な性格を持つ」巨大な矛盾を抱えた人物を太い軸として、人間的な交友関係を横糸に、経済事情を縦糸に、近代日本の屈折点とともに縦横に描きだした。とりわけ、明治四十年頃の夏目漱石との「淡い交流」を綴った文章は秀逸。この本はけっして読み急いではいけない。

 
  渡邊 智志
  評価:B
   この頃の文化人たちが、文壇というとても狭い世界で右往左往して互いに影響を及ぼしあっていた、という研究書は掛け値なしに面白いと相場が決まっていますね。本書もご多分に漏れず、ものすごくクールな視点で描き出される人間模様がぞくぞくするほど面白い。放っておいたら漱石の坊っちゃんと鴎外の舞姫を角川文庫で斜め読みしただけで、明治の文豪を網羅した気になりがちな現代の私たちに、「あれ?…もしかしたら二葉亭四迷も面白いのかも?」と手を伸ばす契機になるほど、人間臭いエピソードにシンパシーを感じます。書簡や日記などの文献を漁って、それを読み解く辛い作業を省略して(ついでに解釈することも省略して)、結論と雑感を包括的に手に入れられるというところが、楽チンです。本を読むって楽をすることなんだなぁ。人間・二葉亭、にはとても興味が湧いたものの、その作品にまで食指が伸びなかった…、という点で、ちょっと評価が厳しいのですが。