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あのころ、私たちはおとなだった
あのころ、私たちはおとなだった
【文春文庫】
アン・タイラー
定価 840円(税込)
2003/7
ISBN-416766139X

 
  池田 智恵
  評価:B
   中年に達し、老年の準備をしなければいけない年齢にさしかかった女性が、自分の人生に誇りを感じることができなくなって、昔の恋人に電話をする話である。彼女は長年つきあった幼なじみの恋人を振って、突如現れた13歳年上の男性と結婚したのだ。しかし、夫に先立たれ、継子3人を女手一人で育てることになる。必死で生きてきた彼女は、もう一つの人生があったのでは……、と思い始めるのだが……。いい話である。容赦がないけれど優しい。私にはわからないが、人名なんかにもいろいろユーモアが振りまいてあるらしい。しかし、こういう本を読むたびに思うのだけど、例えば「チリビーンズが豚汁だったら」「洋館が日本家屋だったら、もっと感情移入できたのかな」と思ってしまうのは私だけだろうか。

 
  延命 ゆり子
  評価:A
   53歳の自分探し。それにまつわる家族のドタバタぶりをコメディタッチで描くものの、読後の後味は最悪。それは、この小説には何十年も前から続いている主婦の苦悩が根底に横たわっているからだ(そしてそれは私を今、脅かしているものである)。主人公のレベッカは主婦の鑑のように見える。バツイチの男性と結婚し、義娘を三人育て、自らの子供も育て、常に周囲に気を配り、陽気な自分を演じ、したくもないパーティを開いて音頭を取り、血がつながっていない伯父の老人介護まで引き受ける。永遠に続く誰かの世話。それはいつの時代も主婦の手に委ねられている。主人公がたとえ本来の自分を殺しているために無理が出て、その生活が、精神が、破綻していたとしても、私はこの主人公を笑うことなんてできない。だってこの人すごくまっとうな人じゃないか。立派な人じゃないか。こんなに努力してもうまくいかないものが結婚なら、家族なら、私はそんなものを持つ勇気をなくしてしまう。アンタイラーさんよ、もっと私に希望をくれ。そしてもっと私にファンタジーを!みせかけの愛を!幻想の家族像を!現実の厳しさを忘れさせてくれ!

 
  児玉 憲宗
  評価:B
   アン・タイラーは、アメリカの橋田壽賀子である。
 我儘で協調性なし。やって来る時の手みやげは、いつも心配事や揉め事。そんな大家族のまとめ役として休むことも許されず奮闘するレベッカ。毎度毎度のドタバタぶりは、まるで、ドラマ「渡る世間は鬼ばかり」だ。
 愛する夫に先立たれ、残ったファミリーのために身を捧げてきたレベッカも気がつけば、53歳。現在の姿を見つめ、ふと過去を振り返って「これって私が本来送るべき人生なの」と自問するのも無理はない。「どこかで人生の選択を間違えたのかしら」とさかのぼりたくなる気持ちもわからなくはない。個人的な意見を言わせてもらえば、だからといって、自分が結婚をする時、突然別れを告げ、大いに傷つけたかつての恋人とやり直そうとするのはどうかと思うぞ。心をずたずたにされたにもかかわらず、会いに来る元カレもどうかと思うが、結局、またもやレベッカに翻弄されただけじゃないか。振り返ってもいいが、逆戻りしてはいけません。レベッカ、やっかいな家族の中で、もしかしたら君が一番問題児だ。ぶつぶつ言いながら、頁をめくるわたしがいた。

 
  鈴木 崇子
  評価:B
   安心して読める一冊。置き忘れた本当の自分を探すアメリカの肝っ玉かあさんの物語。ずっと前に見た「旅する女 シャーリー・バレンタイン」という映画を思い出した。共通しているのは自分探しをするおばさんというテーマなのだが、生活に追われ外見はおばさんでも少女のかわいらしさを失っていないのが重要なポイントだ。ストレートで大胆な彼女の自分探しと大家族のドタバタ劇の末に、百歳の老人のスピーチがほろりとこないわけはない。平凡な人間に対して、ありふれた人生に対して、肯定的な作者の視線に救われる。
 読み進むうちに慣れてはくるものの、普段翻訳ものを読まないせいかところどころひっかかってしまった。とってつけたような洒落や不自然な言い回しなど…。字幕を必要とせず原書を読む語学力があれば、映画も小説ももっと楽しめるのかも(?)知れない。

 
  高橋 美里
  評価:B+
   もしもあの時、違う選択をしていたら、今当たり前になった生活ではない、生活をしているかもしれない。違う自分になったかもしれない。そう、思うことはありませんか?
主人公・レベッカには義理の娘と孫と、義理の叔父がいる。自分の夫は結婚して6年で他界してしまったのだけど。
なんの不満もない今の生活、でも、今の自分は本当になりたかった自分だろうか?自分の人生の分岐点ともなる大切な選択を間違っていたとしたら……?
やりなおすことに前向きに挑もうとする彼女の姿勢に共感。

 
  中原 紀生
  評価:C
   二桁以上の人物が入り乱れるパーティ・シーンで、一人一人のキャラクターをきちんと書き分けながら、ヒロインが物語にしめる位置関係やその心理の襞まであますところなく読者に伝える筆の冴えはすごい。ストーリーの展開が流暢で無理がなく、収拾のさせ方も堂に入っている。噂通りの凄腕。ただ、いかんせん登場人物に魅力がない(あくまで、私にとって)。がさつで自分勝手で他人の都合などお構いなし。ひたすら自分のことにかまけている。多かれ少なかれ誰でもそうなのだから大目に見てもよさそうなものだけれど、大目に見ることができない。「愛すべき」凡人の凡庸な人生談義に耳を傾けるほど暇じゃない。「人生分岐譚」としての結構にも快感がない。(「アン・タイラ−フリーク」の平安寿子さんが解説で「西洋落語」と書いているけれど、落語の芸にはそれが成り立つ文化の共通基盤というものがあって、私はその基盤を共有していない。それだけのことかもしれません。でも、いったんハマったら病みつきになるでしょうね。)

 
  渡邊 智志
  評価:C
   この手の小説…、と十把一絡げにしてしまうのはあまり良くないことなのでしょうが、こういう小説は読み手をむなしい気分にさせる、ワンパターンで無意味な存在だと思っています。まず、わざとらしい。内省的な問いかけと心理描写がとことん続き、読者に「そうそう、こんな気分ってあるある」と共感を得させようとする手管が、どうにも我慢ならない。そして、説教くさい。身近な生活を見直してみましょう、とでも言いたげにそこかしこに散りばめられた警句。直接的に表現されていなくて匂わせるだけなのですが、すっと頭の中に入ってくる反省を促す説教は、宗教勧誘セミナーの風でもあります。さらに、台詞が臭い。少女マンガ風の脳内妄想の会話が延々と続くという印象しか受けませんでした。…こうまで嫌っておいてなんですが、語彙の豊富さと個性的なキャラクターの絶妙な配置は上手さを感じますから、…やっぱりジャンルとしてこの手の小説が苦手なんですね。