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蘭に魅せられた男
蘭に魅せられた男
【ハヤカワ文庫NF】
スーザン・オーリアン
定価 924円(税込)
2003/4
ISBN-4150502773

 
  鈴木 崇子
  評価:B
   マニアの世界は奥が深い。蘭の世界に限らないだろう。それにしても蘭に魅せられた一人のコレクターを中心としたその世界の話は非常に興味深い。数々の伝説的なエピソードや歴史に残る蘭コレクターやハンターの凄まじい執念には驚いてしまう。そして、主人公はもちろん、奇人変人が多数登場して飽きることがない。激しい競争や嫉妬の中にあっても、彼らは幸せそうだ。常軌を逸した傾倒ぶりにひいてしまいつつも、ある意味うらやましくもある。それは、著者が彼らを生きる虚しさに挑戦する純粋で正直な人々の一群なのだと捉えているからかも知れない。誰もが生まれた理由がわからず、だからこそ生きることに意味を求めて情熱を注げる何かを探しているのだ、と「インタビュー」の中で語っているように。
 残念なのは、題材は非常に面白いのだが、翻訳の壁に阻まれどうにも読みづらいこと。最後まで読破するのにかなりの努力を要した。

 
  中原 紀生
  評価:D
   英文で読むと(たぶん)自然な表現でも、それを日本語におきかえると鼻につくということがあります。たとえば、「わたしには恥ずかしいとは感じない情熱がひとつだけある──何かに情熱的にのめりこむことがどんな気持ちか知りたい、という情熱だ」という文章。だったら、蘭に魅せられた男ジョン・ラロシュの「驚くべき」世界のことをもっとじっくりと書き込んでくれよ!──と思わずつっこみたくなりますが、これなどほんの一例で、こうしたいかにも才走ったプロっぽい書き方がどうにも小癪な感じがして、どこかのマニュアルに忠実に従った文章構成を思わせられました。あつかわれている素材自体は、滅法面白いですね。メーテルリンクいわく、「植物の知性がもっとも完成度の高い、もっとも調和のとれたかたちで現われているのは、ランである」(『花の知恵』)。だからどうというわけではありませんが、蘭や蘭にとりつかれた人間のことについて書く側にも、蘭に拮抗しうる「完成度の高い、もっとも調和のとれた」知性が求められるはずで、少なくともコンビニで買えるような安っぽい知性ではだめです。

 
  渡邊 智志
  評価:C
   作者の視点が曖昧で、読んでいてイライラします。対象を馬鹿にしているのかな、と思わせるような描写は、訳文が悪いということだけではないでしょう(…いや、訳文もかなり読みにくいですけど)。作者は文章が下手なんだと思います。面白い内容、興味深い内容を、いかに読者に面白く興味深く感じさせるように書くか、という点に、あまり注意を払っていないようです。まずは、蘭の世界がいかに奥深く神秘的なものであるか。そして、その世界にのめりこむ人がいかに多いか。さらに、一部の突出したマニアがどんな奇癖の持ち主であるのか。これだけのことを、まずは順序だてて冷静な筆致で書いてしまえば、その後は熱っぽくのめりこんだ感情的な(もしくは馬鹿にした)文章に移行しても、そんなに違和感がなかったのに。ノンフィクションで、対象への愛(いったんは理解し、受け入れるという姿勢)がなければ、それは悪口や嫌味なあげつらいでしかないと思います。