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勝手に目利き
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蹴りたい背中
蹴りたい背中
【河出書房新社】
綿矢りさ
定価 1,050円(税込)
2003/8
ISBN-4309015700
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  大場 利子
  評価:B
   りさたん。周囲にこう呼ぶ人がいます。別にどう呼ぼうと構いません。そのりさたんの待望の二作め。本体価格1000円。誰にとっても買いやすい価格です。
 冒頭「さびしさは鳴る」を読んだ瞬間から、何だかの余韻が十分で、お尻がむずむずしてきた。四角い原稿用紙の、四角いますめを、あくまで誠実に律儀に埋めていこうと、それもきちんとした日本語で、隅々まで、つとめる、りさたん。いじわるな読み方にどうしてもなってしまう31歳の背中こそ、蹴りたいか。
●この本のつまずき→ああ分かるよと、何度もつぶやいてしまった。「この世で一番長い十分間の休憩」や「人にしてほしいことばっかりなんだ」や。

 
  新冨 麻衣子
  評価:B
   主人公のハツは高校に入ってからというものの、クラスの人間と上手く調和できず孤独感をもてあます少女。同じくクラスから浮いている男子・にな川が大ファンであるモデル、〈オリチャン〉とハツが中学時代に偶然会ったことがある、という事実でハツとにな川はささやかな交流を持つようになるが…。
 前作の『インストール』も読んでるけど、この著者の伝えたいことってすごく言葉にしにくくて、わかるような、わからないような、微妙な、本当に微妙なところを突いてくる。だけど、主人公の心の動きを描写した下りなんかを読んでると、何かをもてあまして、何かを取り繕うことに必死な、そんな思春期の心の動きがうまく描かれているなあと思う。この人の、もうちょっと長いのを読んでみたいなあ。

 
  鈴木 恵美子
  評価:C
   この手の自意識過剰女子高生結構多いからきっと受けるんだろうなあ。一生懸命突っ張って、性格悪い仏頂面で不器用な自己演出。大人を侮り、同級生にも批判的一線を画し、かったるげに孤立してることが、「アイデンティティの確立」、みたいに頑張ってる要領の悪い幼さを純粋と勘違いしてる。そのトンチンカンが恥ずかしくなって自分が傷つく分にはまだいいにせよ、なまじ若くて勢いで人を傷つけたくなっちゃうから自分も厄介、はたも迷惑。でもそのバカさが若さって話、平凡よね。嫌いなはずの先生に励まされ、じんときて泣きそうになっても「やっぱり先生は嫌いだ。」と突っ張り、「人にしてほしいことばっかりなんだ。人にやってあげたいことなんか、何一つ思い浮かばないくせに」と時に可愛い自己反省なんかもする。スーパーモデルオリチャンに寄せる、オタク男にな川の不器用で淋しくわがままな一方的関係性にいらつき、衝動的に彼の背中を蹴り倒す。ライブで生身のオリチャンに初めて合い、「おれ、楽屋口で暴走して怒られて、ただの変質者だったな。」「あの時におれ、あの人を今までで一番遠く感じた。」と向けられる背中を蹴りたいと思う、「愛しさより強い気持ち」、DV的わがまま。

 
  松本 かおり
  評価:D
   クラスのハミゴ的存在の高校1年生「ハツ」と「にな川」が、ハミゴ同士なんとなくつるんでいく、恋愛小説というか青春小説というか、それだけのお話。さらさらっと終わってしまう。蜷川でも二那川でもない「にな川」という表記にも、薄さ・軽さ・浅さを感じる。
 にな川の背中を蹴りたくなる、といったハツの感情表現は、少々唐突で不可解。喧嘩でもないのに人の背中に足を上げる?失礼ダナ。いっそのこと、ハツを徹底したサド系少女に仕立て上げればすっきりしたかも。愛の足蹴。
「私は、余り者も嫌だけど、グループはもっと嫌だ。できた瞬間から繕わなければいけない、不毛なものだから」「人間に囲まれて先生が舞い上がる度に、生き生きする度に、私は自分の生き方に対して自信を失くしていく」「学校にいる間は、頭の中でずっと一人でしゃべっているから、外の世界が遠いんだ」。こんな、ハツの隠れた繊細さにはとても魅力がある。ハツの心の微妙な揺れを、もっと細かく、執拗に追っかけてもらって読みたかったな。

 
  山内 克也
  評価:B
   高校のクラスに弾き出された、というよりは溶け込もうとしない「ハツ」と「にな川」。余り者の男女が、距離を保ちながらも連帯感を芽生えさせる。その二人の関係がじれったさと期待感を包み込む。中学や高校時代で余り者になるといった境遇は、言いようもない焦燥感を感じるものなのだが、二人はそれぞれ陸上と好きなモデルに入れ込んで、孤立を逆に味わっているようで面白い。理解を超えた今どきの高校生の生き方なのだろうが、そこは作者のストーリーテリングのうまさ。二人の関係の不可解さが逆にスパイスが効いていて、最後までぐいぐいとひこまれてしまう。
 「蹴りたい背中」とは何なのか。タイトルの意味をずっと考えながら読み進めたのだが最後までしっくりとこない。「恋愛」でもない「友達」でもない。そういったファジーな二人の隙間を埋めようとする思いが「蹴りたい背中」なのか、とむりやり納得させたのだが…。

 
  山崎 雅人
  評価:C
   高校1年生のハツには親友がひとりだけいる。親友は他にも友だちがいる。でもハツは、その集団には関わりたくない。だからクラスの余り者。そんな彼女より孤独なにな川。彼には雑誌モデルのオリチャンしか見えていない。だからもうひとりの余り者。ハツは以前、オリチャンに会ったことがある。そのことから生まれた、ふたりの微妙な関係の行方は。
 孤独と孤独の歪な交流、希薄で無気力な人間関係。この世代の持つ感覚を、著者は否定も肯定もしない。もはや受容できるかどうかの問題でもないのだ。その潔さと独特の感性で綴られる磨き上げられた言葉は、一様にさみしくて痛い。それでいて閉塞感や暗さを感じさせない、絶妙なバランスは非凡である。
 しかし、世代を越えて共感を呼ぶような力強さは感じない。同世代に向けたメッセージの域をでない気がする。はまる人はとことんはまりそうではある。気持ちいいけど無表情な物語は、おじさんにはちょっと。