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瞳の中の大河
瞳の中の大河
【新潮社】
沢村凛
定価 1,785円(税込)
2003/7
ISBN-4103841044
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  大場 利子
  評価:B
   主人公のアマヨク・テミズがとてもいい。生き生きしている。祖国を侵略から守り、国の秩序と安寧を保持するために、信念を持って、野賊と戦い続ける。この信念の持ち方が半端でない上、やっぱり、たった一人の女にこだわり続けずにはおられない。その敵、オーマも素晴らしい。オーマも、国の、民の、平和を願って戦い続ける。アマヨクもオーマも、人物造形が素晴らしい。
●この本のつまずき→いななく馬の背に乗り、マントをなびかせこちらに手を振る男。この表紙。色合いのせいだろうか。手にとりにくい……。

 
  鈴木 恵美子
  評価:C
   短く簡潔なセンテンス、端的でクールな文体、会話文体も若々しく、架空王国の三十年にも渡る内戦と、その国で生きる人々の愛憎を描いてもドロドロしてないところが知的。それに目次からしておしゃれ!どの部も一字題の第一章、伏線的仕掛けで好奇心をそそり、二字題の第二章以下題字の数が増えるにつれどんどん話は複雑に波瀾にもまれていく仕掛けが心にくい。厳しい階級格差、権謀術数、解けない対立、絶えない戦争、残酷な拷問、虐待、そんな中でのつかの間の激しい恋、ロマンに必要な要素をきっちり書きこなしてなかなかなんだけど、なんか、この淡々と端正に男の一生が完結しちゃうところが物足りない。それに、帯の惹句「ひとりの男の崇高な人生」「正義を胸に、理想を貫き、どんな状況でも『生』を信じ、国を愛し闘い続けた大佐テミズ」「貫き通した信念、抱き続けた理想」なんて美化、ちょっと、違ってるんじゃない?だって彼はしたいことよりしなければならないことを優先するように躾られた犬みたいに、三十年間命をすり減らして転戦し、魅力的な野賊や部下たちを殺し続けた挙げ句、一番の庇護者に裏切られ、捨てられたわけで、信念ガチガチってバカよね、って感じするのにさ。

 
  松本 かおり
  評価:C
   いきなり「目次」が凝っている。全四部構成で、それぞれの部にいくつかの項があるのだが、その項番と見出しの文字数が同じなのだ!たとえば第一部第1項は「髭」、第2項は「節榑」、この調子で一文字ずつ増えていく。そしてページ全体を眺めると、見出し文字のきれいな直角三角形が……。著者の遊び心と言葉への愛情がうかがえる、こういう小さな仕掛けは歓迎だ。
 ひとしきり目次に唸り、いざ本編へ足を踏み入れれば、11歳から軍学校で勉学と訓練に励み、「国軍は正義の存在だ」「我々はこの国を守っているのだ」等々、優等生発言もバリバリの軍人男・アマヨク参上。叛乱軍と裏取引するわ、その女とデキちゃうわ、独房にブチ込まれるわ、確かに、それなりに山あり谷ありの生涯は描かれているのに、しかーし!なんだろう?この冷めた雰囲気は。歴史的人物の解説書を読んでいるような、ソツなく整理され尽くした感じは。
 春風駘蕩とした大河でも、癇癪起こせば大洪水。時にはドカーンと一発、堤防決壊、アマヨク人生に押し寄せる怒涛の泥波!も見てみたい。

 
  山崎 雅人
  評価:C
   野賊との内戦が続く王国に、孤高の理想をかかげ闘う男がいた。アマヨク・テミズ。彼は幾多の試練に打ち勝ち、信念をつらぬき通すことができるのか。そして彼の信じた正義は祖国に平和と安息の日々をもたらすのか。
 理想の中の理想。正義の中の正義。この愚直な生きかた、考えかたがテミズのすべてである。そこに親子の絆、禁断の愛という葛藤の要素がバランス良くおりこまれた巧みな構成で、厚味のある物語に仕上がっている。
 しかし、何となく物足りなかった。満腹だが満足感は7分目といったところ。平均的に高レベルで推移しているのだが、起伏に乏しく、がつんとくる箇所がないのだ。スマート過ぎるというか、洗練さを意識し過ぎているというか。目次なんかもお洒落だし。もっと泥臭くても良かったのではないかと思う。そのほうが物語に魂が込められ、動きがでるのではないだろうか。おもしろいけど肩が凝る、物語も志も非常に大河的な作品である。