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勝手に目利き
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スポーツドクター
スポーツドクター
【集英社】
松樹剛史
定価 1,785円(税込)
2003/8
ISBN-4087753247
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  大場 利子
  評価:C
   怪我だけではなく、人生の問題まで治療。靫矢ドクターは頑張ります。
 身体が柔らかいだけではよくないし、年寄りに大事をとって運動させないのもよくないし、ドーピングが一概に悪いとも言えない。知らないことを知るのは楽しい。しかし、こんな話し方をするかなあとたびたび思い、登場人物に共感できない。珍しい名前のオンパレードなので、誰が誰だか分からないということはないが。
●この本のつまずき→会話だらけで、誰の発言なのか分からなくなるほど。

 
  小田嶋 永
  評価:B
   スポーツクリニックを舞台に、スポーツにかかわる人々の“人生の縮図”を描く佳作だ。スポーツドクターの靫矢(うつぼや)は、するどい眼識で、クリニックを訪れる様々な人々の思い、あるいは打算、苦悩を垣間見、なんとかケアの手を差し伸べようとする。そこにおせっかいや偽善さを感じさせないのは、著者の力量なのだろう。ミステリの手法というか、“謎解き”の風味があるからである。たとえば、第1章での本当のケガは何かをめぐっての話は、北村薫ふうの日常における謎とその推理を思い起こさせる。探偵には有能かつドタバタを演じる助手が必要なとおり、準主役ともいえる夏季と義陽を配し、その恋の行方も盛り込んだ。したがって、説明的な会話が多くなるのがまどろっこしいが、しょうがないか。また、その他の登場人物のキャラクターがステレオタイプな面が少々あるのも気になるところではある。この舞台のうえで、彼らの“成長”に期待したい。
一言言いたいこと:本書でも「看護婦」という表記がいまだに用いられている。「看護師」と資格名称が改正されて1年半もたつのに…。校閲者は何をしておるのか!

 
  新冨 麻衣子
  評価:A
   〈痛む箇所を痺れさせ、気にならないようにしてしまう。できすぎた身体、できすぎた心。その傷に真正面から向き合う、それがスポーツドクター。〉という帯の言葉から、なんだか重たい内容を想像してしまったが、意外にも軽めのタッチで読みやすい。いや、ストーリーは自分を極限まで追い込むスポーツ選手と、その問題に正面から取り組むドクターの物語なので、重いテーマではあるんだけど。ちょっとのんびりしたドクター・靫矢、病院の手伝いをする正義感の強い高校生・夏希、靫矢に恋する看護婦・英子など、キャラクターの〈いい人ぶり〉が深刻なストーリーを柔らかくくるんでくれている。わりとやわらかい一冊です。

 
  鈴木 恵美子
  評価:C
   趣味はごろ寝読書。スポーツとは無縁の私には「スポーツドクター」とは聞き慣れぬ上、このクリニック、こんなで経営やっていけるの?と思う程、良心的。
怪我や障害の原因調査から、解明、アフターケアまで一々親身に家庭訪問、練習現場にまで足を運び、問題解決。まさに正義の味方。採算取れるのかなあ。向こうから診察を受けにきた場合は診療費取れるにせよ、向こうがなんでもないっていうのに、こっちから出向いて隠している真実を暴いて対処を教える営利度外視のボランティア精神、ご立派過ぎて、まあ、フィクションだから面白ければいいんだろうけど。ドクターの靫矢は勿論長身のハンサム。同じ女子高生でも「蹴りたい背中」の主人公とは別人種のようなスポーツ少女夏希。チームメイトと和気藹々、ウサギのようなツインテールの可愛い子、故障を隠して練習を続けた膝の失調を靫矢に見抜かれ、ケアを受けて最後の試合を飾った後、彼のクリニックに押し掛け、ピンクのミニのナース服でアルバイトを始める、なんてのも通俗的。ドーピングの知識や薬に頼らざるを得ない人間の弱さ、薬と記録に追いつめられていく苦しさを描いた最終章は読ませた。最後の甘ったるいラヴシーンは蛇足だけど。

 
  松本 かおり
  評価:C
   その道のプロが見れば、隠していた故障もすぐわかる。「言うときには、言わなければなりません」。そして、靫矢ドクターが静かに指摘する現実。選手生命が絶たれる可能性を告げられて喜ぶ人間はいない。選手のおかれた状況、精神的な傷痕まで視野に入れ、事実をひとつひとつ論理的に差し出して相手を説得する姿には胸打たれる。
 選手本人と突っ込んだ話をするのならまだしも、第二章のリトルリーグ投手の両親と正面から向き合う場面、これにはハラハラ。負けるな、ドクター!我が子が故障しかけていようと「常に行きすぎていなければ、スポーツマンとして一流にはなれない」と言い放ち、狂信的親心を露わに開き直る夫婦がマジで怖い。萎縮する息子が、痛々しいったらないのだ。
 第四章に入るや、派手な言動と行動力で圧倒的な存在感を見せる脇役・小林江の乱入で、靫矢ドクターの影が薄くなってしまった。靫矢ファンになりかけていただけにかなり残念。そこで急浮上するのが夏希と義陽の関係なのだが、いわずもがなのラストシーンは、ちょっと野暮ネ……。

 
  山内 克也
  評価:C
   けがを負い再起不能のアスリートたちを立ち直らせるメディカルスポーツ小説、と思いきや「なぜけがをしたのか」といった選手の心奥に潜む「傷」を探るミステリにも似た不思議な小説だった。さらに、「ドーピング」を一元的な悪と見なさず、功名心にかられ「ドーピング」に手を染めようとするアスリートたちの葛藤を描き、一種の心理小説にも読み解ける。著者にとってこの作品は得意分野なのか、それとも緻密な取材力で練り上げたものなのか。それはともかく「スポーツドクター」の視線が専門性を帯びさせながらも、「インフォームドコンセント」的な柔らかい語りかけが好感を持てる。
 ただ、コミック調の情景描写が多々あり読む気力を萎えさせてしまう。恋愛に焦る看護婦が、年増との傷つく言葉に涙むせながらトイレへ駆け込むといった場面は、筆者にとって人物造形かもしれないが、読む側には緊迫感の連綿を断ち切ってしまっている。作品自体の重みがいま一つ伝わらなかった。

 
  山崎 雅人
  評価:B
   高校のバスケ部員夏希の前に現れたスポーツドクター靫矢。彼は傷を負ったアスリートたちの痛みの根幹に触れ、肉体だけでなく心をも癒そうとする。スポーツの持つさわやかさの裏にひそむ闇にするどくメスを入れた、意欲的なエンターテイメント連作集である。
 アスリートの超人的な能力を、驚嘆と同時に疑念の目で見るようになったのはいつの頃からだろうか。そして今、近代スポーツは不正や故障に悩まされ、改革をせまられている。
 そんなスポーツに対する期待や誤解、本人たちだけでなく、その周辺をも盲目にしてしまうといった要素をたくみに用い、葛藤のドラマとしてあざやかに描きだしている。
 斬新な視点、魅力的な女性陣のとぼけた恋愛模様。場外は華やかである。これに場内の熱気が加わったら、わたしは靫矢たちを探しに行ってしまうであろう。スポーツファンとしては、傷の癒えたアスリートの熱い戦いが加われば満点と思える作品である。