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1985年の奇跡
1985年の奇跡
【双葉社】
五十嵐貴久
定価 1,785円(税込)
2003/8
ISBN-4575234729
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  大場 利子
  評価:B
   「女子にとっては盆と正月がいっぺんに転校してきたようなものだ。」と、かなりカッコいい転校生の沢渡。盆と正月がいっぺんにきたのは、何も女子だけではなかった。 都立小金井公園高校野球部の夕やけニャンニャンに夢中の部員9人にも、きた。あだち充の野球漫画みたいに新しくも何ともないけれど、登場人物のキャラクターが際立ち、ばかばかしく笑える。
●この本のつまずき→ホラーサスペンス大賞受賞『リカ』を書いた作家とは!

 
  小田嶋 永
  評価:C
   野球小説として期待をしたため、評価を下げた。試合描写など野球に関する部分も含め、ディテールの緻密さに欠けた分、当時の雰囲気の表面を撫でたふうにしか感じられない。著者本人、この1985年には高校生をとうに卒業しているはずで、ほぼ同世代のぼくからいわせれば、おニャン子じゃなくてキャンディーズだろう、『傷だらけの天使』の再放送だろう。だから、この時代に青春を送った読者が、「そうそう!懐かしい」と共感できるかどうか、かなり心配だ。つまり、なぜ1985年なのだ。偶然かどうか、1985年は、阪神タイガースがこの前優勝した年だけど、それだけじゃあないよな。青春している高校生を描こうとして、かえって、超管理主義の校長のリアリティのなさのほうが、特異なキャラとして彼らを喰ってしまってもいる。ともかく、この作者のデビュー作はホラー、前作は時代冒険小説、他にミステリもあるらしく、本作で青春小説に挑戦というところなのかしら。

 
  新冨 麻衣子
  評価:AA
   なにこれ!おもしろいぞ!ストレートな甲子園青春ものかと思われる表紙を裏切って、冒頭からいきなり部員同士の大げんかだ。しかもその原因は、おニャン子クラブの新田がいいか、国生がいいかっていうんだから…、リアリティありすぎ。グラウンドは異常に狭いわ、部員は全員へたくそだわ、なにより〈ホントに申し訳ないが、僕たちの優先順位は一に女の子、二に夕ニャン、三、四がなくて五でも六でもなく、七か八くらいに野球がくる〉というやる気ゼロの都立小金井高校野球部。そこへ強豪校にスカウトされたものの肘を壊したエース沢渡が転校してくる。沢渡と同じ中学で部長のオカはじめお気楽野球部員たちは彼をマネージャーとして野球部に引っ張ってくる。ところが沢渡の肘が完治していたことが発覚し…。まあ、その先は読んでからのお楽しみ。けっして熱血野球小説ではない。笑えて、こころあったまる青春小説だ。応援歌はもちろん、「セーラー服を脱がさないで」!!

 
  鈴木 恵美子
  評価:B
   笑えた。超管理主義の新設校、成績ランク別クラス編成の最下位クラスの顔ぶれが勢揃いしたちんたら野球部、一夏の青春。そしてちょっと泣けた。スポーツって結局人間がひとりじゃないってことを確信させる。ひとりじゃ考えられなかったような奇跡を起こして人を感動させる。ヒーローの沢渡が地に落ちた理由、退部まで強制されるのが今ひとつ納得できないけど、今なら人権侵害的差別だよ。沢渡も野次り倒されて崩れるなんて情けない。自分の最も根源的部分を恥じてどうするの?堂々と偏見と闘えよな。でもこれはアンチヒーロー物語。主人公はだいたいのことはどうでもいいと脱力して毎日を過ごしているくせに「おニャンコ」の誰がいい悪いで殴りあいの喧嘩になる、ダラダラ野郎たち。学校の管理、監視を正面きって批判するでも、まして盲従するでもなくかいくぐり、してやられることなくやり過ごすしたたかさが、1985年的なのかな。私が高校生の時はやたら「反体制集会」みたいなのがあったけどな。だがそんな彼らが自主的に、勝とう、やろう、闘おうという気になって熱い夏を過ごす、それ自体が奇跡だよね。「僕なり」にやって勝てるなんて夢物語人生余りないもん。

 
  松本 かおり
  評価:A
   1985年の『夕焼けニャンニャン』、私もイソイソ見てましたがな〜。都立小金井公園高校野球部内には「国生派と新田派の二大派閥が存在している」?そーりゃあアンタ、国生さゆり嬢のもんでしょう。キレイ系の彼女が一番!
 のっけから熱い共感を抱かされたこの野球部、練習よりも『夕ニャン』観賞優先。創部以来8年間、勝利ゼロ。そこに、180センチの長身に加え、「ミケランジェロの彫刻のように整った顔立ち」の転校生・沢渡登場。エース誕生、活気づく野球部。なんだ〜よくある話か、と思いきや、スピード感あふれる試合描写に陶酔、沢渡の意表を突く秘密に口あんぐり。最後までハイペースで引っ張るうえに、随所にチョコチョコと鋭い笑いネタを配してサービスも満点。しかも、終盤に小道具ひとつで見せ場を作る手際のよさには、ただただ降参。締めの「エピローグ」の余韻が心地よい。
 登場人物たちも個性豊かに描き分けられ申し分なし。野球部員の「僕」こと「オカ」から「カンサイ」「アンドレ」「小田三兄妹」、中川校長、聖子ちゃんなどなど、一度読んだら忘れられないキャラクターばかりなのだよ。

 
  山内 克也
  評価:A
   いやあ、面白かった、というより懐かしかった。1985年は本書の設定と同じく、高校時代のまっただ中を送っていた。フジテレビの怪物番組「夕やけニャンニャン」が始まる時間帯になると高校生が一斉に部活動をやめて自宅に帰るといった場面が描かれているが、実際、佐賀でも「おニャン子ば見らんばいけん」とホームルームが終わりダッシュして帰っていった同級生がいたことを思い出した。九州の片田舎の高校生にまで狂気を誘った「おニャン子」のすさまじさをきっちり描いていて、それだけで時代性を醸し出す著者の目のつけどころが心憎い。
 作品自体はベタな青春小説。新設高校の弱小野球部に超高校級のピッチャーが転校してきて、甲子園も夢ではなくなる。厳しい校則に惑わされながらも、野球部員が奮闘するといったありふれたストーリーだ。だが実はストーリーの設定自体、当時漫画雑誌で猛烈にはやったラブコメを下敷きにしていて、「どこかで読んだ作品」と追憶の糸をたぐり寄させるのが楽しい。ま、年代層が違えばこの作品は「なんじゃ」と思う小説だが、同時代性を有する読み手にとっては、口元をほころばせる会心作に違いない。

 
  山崎 雅人
  評価:B
   スポ根の根がない野球ものである。練習は長方形のグランドで週に3回、しかも「夕やけニャンニャン」が始まると帰ってしまう情けない連中なのだ。そんな野球部が天才投手の力だけで、あれよあれよと勝ち進む。しかし、甲子園が目前にちらついたとき、天才投手の弱点をつかれ無惨に敗退してしまう。
 ここから物語は、にわかにヒートアップするのだ。熱い友情(たぶん)と男の意地が爆発する。弱小野球部よ、奇跡の中の奇跡を起こすのだ!
 甲子園ははるか彼方だけれど。
 実におちゃらけた青春である。今の中高生には理解できないかもしれない。けれど、自称あの頃はバカだった人たちは、きっとこの物語に共感する。懐かしい日々の記憶に、思わず涙腺が緩むこと間違いなしである。
 野球小説の超定番が、これまでにない情けなさでやってきた。わかちゃいるけど止められない。おもしろおかしく、ほろ苦さも忘れていない。決めもバッチリ。文句なしなのだ。