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カルチェ・ラタン
カルチェ・ラタン
【集英社文庫】
佐藤賢一
定価 860円(税込)
2003/8
ISBN-4087476030

 
  池田 智恵
  評価:B+
   パリの神学生街を舞台にした歴史小説。いいとこのおぼっちゃんでちょっと情けない主人公のドニが、元家庭教師で無頼派神学生のミシェルに引きずりまわされながら成長してゆく。その過程にあわせて当時の宗教とかフランスのあり方とかがかいま見えるようになっていて、なかなか読みやすかった。主人公の成長を見守りつつ、神学や哲学に詳しくなったような気になれてお得な気分。ドニの友人として、フランシスコ・ザビエルや、カルヴァンが出てきたりするあたりも、絵巻物を見るような楽しさがあって愉快。ただし、有能で女にもててなおかつ不良学生、というミシェルが、一体どうして、どういった信仰を目指しているのかという作中の重要な謎のひとつが、結構ありきたり(普遍的とも言えるが……)でちょっと残念。

 
  児玉 憲宗
  評価:AA
   幅広い層の読者から支持されている佐藤賢一さんの作品をぜひ読んでみなければと思っていた。躊躇していたのには理由がある。どうして日本の作家なのに、毎度毎度、舞台が外国で登場人物も外国人なのだ。作品の良し悪しとは関係ない。個人的な趣味嗜好、そして能力の問題だ。人名、地名にカタカナが並ぶとストーリーが頭に入りにくいのだからしかたない。おまけにこの『カルチェ・ラタン』は「1536年、パリ」ときた。外国を舞台にした歴史小説は、往往にして、その土地の歴史的背景の説明がだらだらと続く。どうやら、読了までに半月は費やしてしまいそうだと覚悟を決めて、本を開く。
 おや。序章の途中で、既に自分の認識に疑いを感じる。そして、認識が明らかに間違いだったことに気づくには5ページも必要なかった。な、なんだ、このテンポの良さは。何なんだ、ストーリーに惹きこむこの力強さは。耳慣れないカタカナの名前さえ、がんがん頭に入ってくるぞ。だいたい「西洋歴史小説」なんて書いてあるからいけないのだ。サービス精神旺盛、コメディタッチのエンターテインメント、冒険推理小説じゃないか。これぞまさしく、西洋歴史小説嫌いのための西洋歴史小説である。500ページ一気読みだっ。

 
  鈴木 崇子
  評価:A
   まったくすごい回想録(ご丁寧にも初版本の表紙から解説に至るまで!)があったものだ。はじめは読みづらいと感じたが、独特のムードに誘われて、気が付けば中世のパリに引きずり込まれてしまっていた。その面白さはうまく言い表せないのだが、ごった煮?ちゃんこ鍋?のような感じだろうか。ミステリー仕立てのダシに、神・宗教・人生・青春・友情・恋愛…その他もろもろの具が溶け込んでいて、複雑な味で飽きさせない。時代も舞台も違うし原作は読んだことはないけど、映画「薔薇の名前」を思い出した。(→もっと明るくコミカルにした感じ)
 とにかく、マギステル・ミシェルのかっこいいこと、どこか寂しげな風情には心惹かれ、その警句の絶妙なことといったら思わずニヤリとしてしまう。そしてドニ・クルパンの情けなくも純粋な坊ちゃんぶりもかわいい。なかなか魅惑的な物語。

 
  中原 紀生
  評価:A
   まるで少女漫画か宝塚歌劇を思わせる人物群。発端部で、西欧中世、十六世紀のパリを舞台にしたシャーロック・ホームズ譚(ユーモア編)の趣をもつ小咄がいくつか続く。やがて物語は、宗教改革期の神学論争(主知主義対主意主義、カトリック対プロテスタント)を背景に、「人間の時代の新しい神」による陰謀をめぐって、「聖トマス・アクィナスの再来」と謳われる美貌巨躯の学僧マギステル・ミシェル、その教え子にして紅顔無垢の新米夜警隊長ドニ・クルバン、愛らしくも豊満な若き未亡人マルトや妖気漂う伯爵夫人アンリエット、さらにはプロテスタントの旗手カルヴァンにイエズス会の創設者ロヨラ、ザビエルといった実在の人物が入り乱れての大捜査戦が繰り広げられる。軽妙にして深甚な神学ミステリー。惜しむらくは、「神学的解決」に徹しきれず‘肉欲’によるあっけない事件解決に流れたことだが、それはまあ個人的嗜好でしかない。

 
  渡邊 智志
  評価:A
   面白い。大げさで壮麗な章題と構成ではったりをかまして、なんとも下世話な話がえんえんと続くという、エンターテインメント小説としてもっとも落差の大きい楽しみ方を提供してくれて、隅から隅まで大満足です。タイトルが本当に学術研究論文かと尻ごみさせるほど硬くて、まず始めに手を伸ばすのをためらっちゃうんじゃないかと思えて、それだけが(要らぬ)心配だったりします。コレ、馬鹿マヌケなお話です(ホメ言葉です!)から、安心して大笑いできますよ。宗教上の命題というのは、外側にいる人からすればどうしてそんなことが大きな問題になるのか判らないんだけれど、真剣につっこんで考えたらグルグル廻ってそこから抜け出せなくなってしまう面倒くさい問題。当時の倫理観を現代に持ちこむと苦笑するしかないレベルなんだろうけど、実はこの小説の中で、笑いにまぎれて真剣に問題意識を持って考えることも出来るという仕掛けになっているんです。凄い。