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まひるの月を追いかけて
まひるの月を追いかけて
【文藝春秋】
恩田陸
定価 1,680円(税込)
2003/9
ISBN-4163221700
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  川合 泉
  評価:C
   奈良を舞台に、主人公と、異母兄弟の兄と関わりのある謎の女性の奇妙な旅が始まる。ロードムービー型の小説といえる。実際の地名がでてくるので、臨場感はあった。この作品において、著者は、何もおこらない、地味で先の読めない物語が作りたかったと述べていたが、その試みは成功していると言える。本当に謎だらけで、闇の中を手探りで読み進めるような感じだった。主人公静の、「私は、自分の人生ですら主人公になったことがない」という台詞が印象に残った。ただ、ラストの展開がこじつけで、最後までだらだらと物語が続いていく感じがあったのも事実。全体的に霧に包まれている感じで、もう少しメリハリがあるほうが、読者も満足すると思う。ページを思わず繰ってしまうという類の小説ではない。この本を持って奈良を旅したいと思った一冊。

 
  桑島 まさき
  評価:B
   超能力を持った人が登場する訳でもなければ、特別な世界の人の話でもない。フツーの人たちが真実を求めて旅する話。本作は、人間関係の機微に愚鈍だと自称する静という女性と、失踪した静の異母兄と二人の女をめぐる心理の謎を追う心理サスペンスだ。〈パズルのピースがピシリと嵌った三角関係〉だった仲良し3人組に何があったのか? 特別な事件や殺人は起こらないが難解なトリックを利用したサスペンスよりも読み応え充分。二転三転する感情の綾がスリリングでぐぐーっと読ませる。
 真昼でも月は確かに存在するのにくっきりと輪郭を捉えることができないように、確かにそこにあるモノなのに、捉え難い「真実」は存在する。なかんずく人間の複雑な感情は容易に見抜くことはできないものだ。案外、身近な存在の人のことは知っているようで知らないことが多い。ベールに覆われた「事実」が一枚一枚剥がれていくたびにゾクゾクさせられる。序盤からずっと何かが起こる「気配」を濃厚に漂わせて少しも淀むことなく続いていく。人生がミステリアスな分、心理サスペンスはやめられない。

 
  藤井 貴志
  評価:B
   本書にインストールされている初期設定は、「腹違いの兄を探すため、奈良へと向かう妹が兄の恋人」である。ところが、物語が進むにつれて、この初期設定はどんどん書き換えられていく。たび重なる物語の前提条件の設定変更に最初のうちは「おいおい聞いてないよ〜」と戸惑ったが、不思議なもので慣れてくると、この驚きも中毒性のある小さなマゾ的快感に変わっていく。ただ、意外なかたちで兄が現れた中盤以降のストーリーの展開には、「勢い付きすぎ!」と言いたくなる場面もいくつかあった。
先の読めないミステリアスな物語の構成の中にあって、奈良という古都に漂う「どっしりと安定している感覚」が物語に不思議な安心感を与えている。意外なことに(といったら失礼か?)奈良の名所の解説が実に丁寧に描かれているので、異色の観光ガイドブックとしても有用だろう。本書を片手に奈良観光に出かけてみたくなった……。

 
  古幡 瑞穂
  評価:C
   会話をしながら旅行するという話に『黒と茶の幻想』を想像したのですが、どうもミステリというよりは2時間のサスペンスドラマっぽいんですよね。どうしてかなぁ、そもそもこれを書く必要があったんだろうか…とかそういう根本的なことを考えてしまいましたよ。開き直って奈良の観光協会と提携して旅行ガイドとして読んでもらうって方が無理ない気が…、やはり恩田さんには広い舞台は向かない気がするのですよ。限られた場所や空間で伏線を張り巡らせたお話の方がワクワクさせられます。恩田さんは毎回毎回異なったテーマや新しい試みに取り組んでくださるので、ファンとしては新作が本当に楽しみなのですが、どうもここのところ驚きが減ってきたような気がします。そういうサプライズを期待しないで、感傷と郷愁をじっくり味わっていたらもっと別の感想を持てたのかなぁと思ったりもして。少し時間をおいて読み直してみます。

 
  松井 ゆかり
  評価:B
   1ページめからぐいぐい引き込まれる、という体験は久しぶりだった。なるほど恩田陸さんという作家は、こういう文章を書くんですね。
 失踪した男。そして彼を追いかけるふたりの女。ひとりは彼を愛する女、そしていまひとりは彼の異母妹。舞台は春の奈良。一歩間違うと2時間ドラマになりそうだ。
 しかし、話は意外な方向へ意外な方向へ転がっていく。ミステリーの正しい読者(=引っかかりやすい単細胞)である私にしては早い段階で気づいた、男がほんとうに愛する相手が誰かということを。それよりも、男が言った「もう時間がない」という言葉の真の意味の方が、はるかに意表をつくものだった。私にとってはこちらが大オチ。
 以前「ハスラー2」という映画を観たとき、「え、この先が気になるのにここで終わり!?」と呆然としたことがある。この本も“「ハスラー2」小説”と呼びたいくらいだ。だってどうなっちゃうんでしょう、この人たち(余韻の残る終わり方ではあるけれども)。別にガチガチの推理ものってわけじゃないんだけど、いろいろここでは明かせない謎が多い小説なのだ。ぜひご一読を。

 
  松田 美樹
  評価:A
   ひょんなことから、失踪した腹違いの兄を探しに、彼の恋人・優佳利と一緒に奈良県を旅することになった静。あまり繋がりのなかった兄の足取りを追ううちに、深く彼を理解していく静でしたが、物語は早いうちに違った様相を見せ始めます。のんびりした時の流れの中にある奈良と違い、ストーリーの展開は早く、「こういうお話ね」と思った途端に違う方向へと流れていきます。
 読みながら、登場人物と一緒に奈良を旅しているような錯角に落ちました。遠い過去の、学生時代に行った修学旅行での奈良を思い出し、懐かしい気持ちになれた不思議な作品。え?と驚く意外性から飽きることはありませんが、ただ残念なのは優佳利のキャラクターがもっと極端に描かれていればよかったということ。特異な人物として登場していますが、それが今一つ伝わってこないように感じました。

 
  三浦 英崇
  評価:B
   洗練された知性の持ち主たちが、互いの心の深層を探りあいながら続ける合宿。数々の恩田作品の中で見てきたシチュエーションです。しかし、幾度も見てきたからといって、決して安心感を与えてくれないのも、恩田作品。一章たっぷりかけて綴られてきた状況を章末のたった一行でひっくり返しかねないので、一文字たりともおろそかに読み飛ばせない。そう。彼女の作品は、いつも快い緊張を私に与えてくれます。
 この作品は、異母兄の行方不明を、彼の別れた恋人・優佳利から知らされた主人公・静が、消息をたどるべく、優佳利とともに飛鳥路を旅します。一見、女ふたり・のんびり二人旅なのに、会話と互いの心境は二転三転、四転くらいして、380ページの旅の終わりには、すっかり様相を変えてしまって……読み終わってから、どうしてこんなところに着いてしまったんだろう、と途方に暮れること必至。
 恐るべし、恩田マジック。まんまと連れて行かれました。