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光ってみえるもの、あれは
光ってみえるもの、あれは
【中央公論新社】
川上弘美
定価 1,575円(税込)
2003/9
ISBN-4120034429
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  川合 泉
  評価:C
   家族小説という触れ込みだが、これはどちらかというと青春小説だ。この物語に出てくる大人に優等生はいない。強いてあげるなら、愛子さん(主人公の母親)の現恋人の佐藤さんぐらいだろう。私が一番好きなのは、キタガーさんだ。こんな教師だったら、相談事もさらりとできてしまいそうな、教師らしくない教師だ。この小説には、途中途中に、有名な詩の数々が挿入されている。ただ、その詩と、物語の兼ね合いがもう少しわかるように描写されていれば、と思った。誰もがぶち当たる青春の悩みを、誰もが体験しないような展開で描き切っているこの小説。人性を漫然と生きているそこのあなた。主人公たちと一緒にシミシミな今の世の中から抜け出してみてはいかがだろう。

 
  桑島 まさき
  評価:B
   “男は不要”の女系家族(?)の中で育った少年、江戸翠(名前からして男は不要!)の多感な日常を、どこか現実から浮遊した人物たちの織り成すエピソードを絡めながら、作家特有の軽妙で作為のない面白さで描く。語るのは「僕」=翠。「僕」の目から見た女たち(祖母/母/GFの水絵)は不思議で困惑してばかり。時々家にやってくる大鳥さんは翠の実父。だが一緒には暮さないし籍も入っていない。ただ、精子を提供してくれただけの存在だ。でも、家族のようなモノ。世にいう常識からズレた登場人物たちの造型の巧さが作家の持ち味でほんわかして笑える。
 バラバラで無関心、フツーからはみだしているように見える家族だが、実はお互いを思いやりしっかりと結ばれている。家族関係の記念日「江戸の日」なるものを忠実に守り持続させているのだから「家族力」は認めるべきだろう。その他の作品群にみられる寓話的素材は珍しく使用されておらず、初めての「家族小説」に挑んだ作家の意欲を認めたいが、私を泣かせた「センセイの鞄」のような「切ない」気配が希薄な分、ワンランク落すしかない。

 
  古幡 瑞穂
  評価:B
   なんだか足元がおぼつかない感じにとらわれます。ぐらぐらしているというよりはふわふわしているという感じかな?とはいえ、今回は川上さんの小説にありがちな謎めいた生物などが登場しないので、現実感があるお話として読み進めることが出来ます。途中人生に悩んで女装を始めてしまう友人がいたり、血のつながった父親をはじめとして主人公の翠君の家族もちょっぴり規格外れではあるけれど、高校生ならではの「成長したい」「大人になりたい」っていう渇望が気取らない言葉で綴られていて読み手に届いてきます。ところが翠くんが島に渡ったあたりから様相が変わって、現実と非現実の狭間がいきなり揺らぎ始めるのですよ。それはそれでこの人の良さなんだけど、今回は翠君の家族“江戸家”のみなさんのキャラがあんまりにも気に入ってしまったので、ずっとこのまま最後まで家族小説として読みたかったってのが正直なところです。

 
  松井 ゆかり
  評価:B
   息子が3人いるせいか、少年たちが主人公という小説に弱い。私にとってのストライクゾーンさらにど真ん中な少年像といえば、宮部みゆき作品の主人公たちだ。「ああ、息子たちがこんな風に、まっすぐひたむきに育ってくれたら……」と夢は広がる。東野圭吾「トキオ」のトキオくんもたいへんよかった。
 さて、川上弘美さんが描く少年は?読む前からとても興味があった。が、川上弘美ファンを自認しているものの、正直中盤まではあまりのれなかった。「(主人公の母)愛子さんが主人公だったらもっとしっくりくるかもな」とか思いつつ。
 しかし、翠とその友人花田が長崎へ行くあたりから、がぜんおもしろくなった。ご自身にも翠と同年代の息子さんがいらっしゃる川上さんにとって、この小説は相当なチャレンジだったことだろう。翠くんもばっちり私のストライクゾーン(内角低めくらい)にきましたよ。「少年もの」に興味がある方におすすめ。

 
  松田 美樹
  評価:AA
   いいなあ、家族小説(あるいは青春小説)。曾野綾子の「太郎物語」や、山田詠美の「ぼくは勉強ができない」など、親とある程度の距離を持ちながら真摯な精神で成長していく青年に惹かれてしまう私。思わず鼻息荒く読み始めてしましましたが、期待以上でした。
 作者の作品はどれも独特な雰囲気に満ちていて、匂いのいい湖の底にいるような気がします。生臭さがなく、熱くもなく、一生懸命なところがなく。そんな人の家族小説ってどんなだろう?と思いましたが、どこか淡々とした、でも若者らしく恋もあり、友情もあり、家族愛ありのほんわりした小説です。何となく相容れない感じがしていた、川上弘美と家族小説でしたが、これもありかなと感じました。
 しかし、どうしてこういうお話(女性作家が書く、男の子の成長物語)って、パワフルな女性(母親にしても恋人にしても)対ナイーブな僕って感じになるんだろう?
 そのナイーブさが好きなんですけど。

 
  三浦 英崇
  評価:D
   俺には、月1回ペースでボードゲームをやる仲間がいます。もう十年近く一緒にゲームをプレイしていると、いくら新作を持ってきても、ルール説明を読んだ段階で「あいつはこういう手を使ってきて、こいつはこう応じてくる」というのが、互いにある程度読めてくるようになるものです。
 この作品で、登場人物たちが、表現こそ異なれ、共通して訴えかけてくるものは、たぶん、俺が今思っているのと同じ「互いに読めてしまうが故の安定感」に対する不安なんじゃないか。そう気が付いた時、俺は初めて、この作品世界の人たちに親しみを感じました。
 どんな状況に対しても「うん、ふつう」と答える、相手にするのにこれほど張り合いのない奴はいないと思われる主人公・翠と、彼をとりまく世間の「ふつう」からちょっとずれた家族や仲間に、多少の苛立ちを感じつつ読了し、数日おいてから「あの違和感は何?」と突きつめた後の結論です。ああ、すっきりした。