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勝手に目利き
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脳男
脳男
【講談社文庫】
首藤瓜於
定価 620円(税込)
2003/9
ISBN-4062738376

  池田 智恵
  評価:B
   サヴァン症候群、情緒障害等々、精神科の臨床現場で飛び交っているような単語が!こういうのがミステリーの素材になるんですか……。しかも売れてるみたいですね。不思議な感じです。あらすじを解説します。爆弾犯人を逮捕しようとしたら、現場に妙な男がいた。鑑定の結果、どうもこの男には「感情がない」らしい。精神科医の真梨子は、彼の正体を見極めようと尽力する……。通常のミステリーとはちょっと違った謎解きの過程が面白いです。しかし、この作品のすごいところは、人間存在に関わるような重要な問いかけも可能なはずの素材を扱っていながら、読後に全くと言っていいほど深刻さを感じさせないところでしょう。哲学的命題なんて、ぜんぜん心の内にわき上がってこなかったもの。これだけややこしい素材を扱って不快感を与えずに、エンターテインメントとして成立させてしまう。作者の潔いまでの割り切りぶりに心底感心しました。

  延命 ゆり子
  評価:A
   爆弾男を捕らえるために刑事は犯人のアジトに押し入った。そこで刑事は犯人と揉み合っていた鈴木一郎なる屈強な男を拘束するが、犯人は取り逃がす。鈴木一郎は当初複数犯の一人とされていたが、その知的な振る舞いや礼儀正しさは爆弾犯が持つものとは思われない。不審に思った刑事は精神科医の真梨子に協力を仰ぐが、彼にまつわる謎は深まるばかり。やがて真梨子は彼には人間の感情が備わっていないことを発見するのだが……。取り逃がした犯人を追うのではなく、鈴木一郎の特殊な病気と彼の目的を追うことがメイン。だけどそれだけで上質のミステリーになっていて、これは非常におもしろい。真梨子も犯罪心理学者としてのトラウマを抱えていていい味を出しているし、鈴木一郎にいたっては病気が奇妙奇天烈すぎて途中からページをめくる手が止まらなくなる。しかも、最後にちょっとせつない気持ちにもなり、次回作を期待させての終わり方……。ああ、もっと知りたい!彼のこと。続編に期待大。

  児玉 憲宗
  評価:A
   連続爆弾犯のアジトで見つかった問題の男。常識を超えた謎だらけ男だ。感情を持たず、痛みを感じない。運動能力や記憶力はまるで機械のように強く、速く、正確だ。「謎の男」の解明に挑むのは、脳神経内科医であり精神科医の鷲谷真梨子。この作品は、二人の「戦い」を描いた物語とも言える。正体を明らかにする鍵は、男の封印された過去にある。そして、彼のまわりで次々と起きた事件の真相を解明し、つなぎ合わせることが彼に秘められた謎を解くためのポイントになるのだ。
 謎が新たな謎を呼ぶスリルあふれる展開に魅せられ、ページをめくるスピードがどんどん速くなる。男が辿り着いた自らの「使命」に胸打たれ、ページをめくる指が次第に震えてくる。また会いたい、脳男。

  鈴木 崇子
  評価:B
   タイトルから不気味なイメージを思い浮かべたのだが、そんなことはなかった。平凡な名前なのに非凡な能力を持つ謎の男、鈴木一郎。主に前半は彼にまつわる謎、後半は連続爆破事件の謎を解き明かしつつ、けっこういいテンポで話が展開して、なかなか面白く読めた。個人を個人たらしめているのは感情ということなのだろうか。超人的な能力も意志がなくては使えないということなのだろうか。そんなあたりが興味深いテーマだと思う。
 結末は映画「セブン」を連想させたが、それは脳男にしか解明できなかったことなのか?と疑問を感じない訳ではない。作者は続編をほのめかしているが、人間らしくなった(?)脳男にどんな事件が待っているのだろう、気になるところだ。

  高橋 美里
  評価:B+
   無差別のように続けて起こる連続爆発事故。その犯人のアジトで発見された、一人の男。彼は、大挙して押し寄せてきた警察にびくともせず、爆弾の爆発にすら、全く痛みを感じていない様だった。
 逃亡した爆発事件の一味として逮捕された彼は、逮捕した愛宕署の茶屋刑事によって、精神鑑定にかけられる。驚くことに、彼は過去を記憶していなかった。過去のない彼に「鈴木一郎」という名前がつけられた。「鈴木一郎」の鑑定を担当した鷲谷真梨子、茶屋刑事、そして鈴木一郎。物語はここからはじまります。
 よくある設定ではありますが、安っぽくならず、「よくある」をキレイに脱している作品です。鷲谷真梨子が鈴木一郎の過去を調べていくほどに、人間の感情や、記憶というものを考えてしまう作品です。鈴木一郎、彼の目的は一体なんであったのか。是非読んでいただきたい作品です。

  中原 紀生
  評価:B
   名古屋に次ぐ中部地方の大都市、愛宕(おたぎ)市を揺るがせた連続爆破事件の犯人逮捕の現場に居合わせた鈴木一郎。痛みを感じぬ異常な身体能力をもち、感情と魂を欠き、ただ脳だけで生きている謎の男の過去をめぐって、巨漢の刑事・茶屋と男の鑑定を委ねられた精神科医・鷲谷真梨子といった、それぞれシリーズもののヒーロー、ヒロインになれる魅力的な登場人物がからんでいく。やがて病院中に爆弾が仕掛けられる緊迫した状況の中で、男はついにその本性を露わにする。鮮やかな発端、ストーリー展開の緻密さ、人物造形の見事さ、そのいずれをとっても第一級のミステリーの名にふさわしく、さらにマルクス・アウレリウスの引用や随所に挿入された脳神経科学の知見(「わたしという自我をひとつにまとめている力が感情だ」)、『ヨハネの黙示録』をなぞった謎解きなど細部の魅力にも満ちている。だが、いかんせん贅沢に繰り出されるそれらの素材と趣向が一点に凝縮しない。もう少し切りつめるか、もっと書き込むか。そうすれば、まぎれもない傑作になったろう。

  渡邊 智志
  評価:C
   タイトルでネタのほとんどを明かしてしまっている点がマイナスポイントですね。「脳」とズバリ言われると、あちこちで描かれ尽くした感のあるネタのどれかに似たストーリーだろうなと読めてしまうんです。脳男がいかにもといった雰囲気で登場した瞬間に、大体どんな人なのかが判ってしまう。最終的に明かされる真相も、当たらずとも遠からずで驚きは少ないです。江戸川乱歩賞受賞作ということですが、文字数制限が厳しかったのでしょう。様々な材料を詰め込みすぎです。その一方で、受賞を狙うための戦略的な小説ですから、起伏を過剰にしてたくさんの要素を入れて引出しが多いことをアピールする必要があったことも判る。でも、最終的にできあがったものがちぐはぐで面白くないということは、致命的な欠点だと思います。あと100ページほど分量を増やし、巨漢刑事の活躍シーンを増やし、嫌味ったらしい脳男すらも驚く大どんでん返しが最後に待っていれば…?