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ボストン、沈黙の街
ボストン、沈黙の街
【ハヤカワ文庫HM】
ウィリアム・ランディ
定価 1,050円(税込)
2003/9
ISBN-4151742018

 
  児玉 憲宗
  評価:B
   主人公ベンは間違いなく警察署長だ。ではあるが、つい何年か前まではボストン大学の大学院で学者になるべく歴史を学んでいた。母の介護のため故郷に帰り、警官になった。まだ二十五歳。経験も浅い上に田舎町なので大きな事件も起きない。だから現場検証や取り調べのやり方も知らない。警官としてのキャリアも能力もなく、持っているのは父親と母親ゆずりの負けん気だけなのだ。なんとその田舎町で殺人事件が起き、ベンは事件解決のためにボストンへ乗り込む。事件の行方は過去に起きた別の殺人事件と絡み合い、事件に関わる刑事、検事、証人、容疑者たちは、時に沈黙を守り、時に饒舌になるので、複雑な迷路の中の迷子のような気持ちで心細く読み進むしかない。
 そして、誰が真犯人かさっぱりわからないうちに驚くべきラストを迎え、ベンは「歴史は書き換えられない」ことを思い知り、わたしは「溺死は誤魔化せない」ことを思い知る。

  中原 紀生
  評価:A
   母親の看護のため歴史学者への道をあきらめ、父親の跡を継いで田舎町ミッション・フラッツの警察署長に就いたベン。父の叱咤を受け、管轄区域で起こった地方検事殺しの犯人を追ってボストンへ。引退した刑事のジョンとその娘で検事補のキャロラインらと組み、ギャングのボスとの連帯やボストン市警の刑事との確執を経て、やがて自らにふりかかる嫌疑をはらす…。真犯人の意外性に着目してミステリーを評価するなら、この作品は結末の切れ味の良さをもって傑作の名に値するだろう(私自身は、この最後の謎解きの部分にできすぎた技巧臭を感じて、やや鼻白んだのだけれど)。だが、それゆえにかえって、丹念に叙述された人間関係(母と息子、父と息子、退職刑事と新米警察署長、離婚した女性検事補と年下の警察署長、等々)のもたらす小説的感興が、真相解明と同時に遡って殺がれてしまう(あの濃密な人間描写は、要するにミステリー的伏線にすぎなかったのだ)。ミステリーと小説が最後に分裂をきたす。このあたりがうまく処理されていたら、超絶的な輝きをもった作品になったろう。

  渡邊 智志
  評価:B
   一人称で語られている小説、というだけで、ほとんど内容(オチ)が判ってしまうようになりました。あまり良い傾向ではありませんね。主人公が意図的に語りたがらない過去とは、単に犯罪の嫌疑をかけられたことに対する反発心だけではありませんし、田舎者ゆえの愚鈍さはわざとらしささえ感じられて、途中から鼻につきます。案の定…、の展開に驚きは少ないのですが、意外に面白いと感じるのが、主人公が一度も迷わなかったということ。まったく逡巡しないんです。一本筋が通っている。これは意外でした。…ということは、この小説は裏返して読むことができるはずです。すべては語り手の掌の中での話だった、すべては計画どおりに進み、誰もがその術中に嵌められたのだ…、と読むのも乙。惜しいなー、と思ったのが、主人公の年齢が25歳と若いところ。警察制度そのものが異なるので仕方がないのですが、この若さで警察署長といわれてもピンとこないんですね…。