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ららら科学の子
ららら科学の子
【文藝春秋】
矢作俊彦
定価 1,890円(税込)
2003/9
ISBN-4163222006
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  川合 泉
  評価:B
   「ららら科学の子」という題名から、どんな物語だろうと思いながら、本を開いたのだが、いい意味で裏切られた。
 学園紛争の最中、警官殺人未遂で指名逮捕された青年が、文化大革命の中国へ渡る。その彼が、30年振りに、蛇頭の船に乗って日本に戻ってきた。昔の親友は、裏社会の大物となっており、彼の援助を受けながら、妹の所在を探す。その途中で、妻の面影を思わせる少女に出会い…。主人公が日本に戻って一番初めに触れた文明の利器が、携帯電話だろう。女子高生とのつながりも、親友とのやりとりも、別組織との抗争も、全ては携帯電話がなければ成り立たない。いかにも、「今」の時代の小説だ。パスポートを取れないために、自由に国を行き来できない主人公。それと、ロボット法で国境を越えることを禁止されているロボット(鉄腕アトム)が重なった。どんなに時代が経とうとも、国籍という枠組みは打ち破ることはできないのだろうか。作中、「猫のゆりかご」「点子ちゃんとアントン」という本が何度もでてきたが、こちらも一度読んでみたいと思った。

 
  桑島 まさき
  評価:AA
   壮大な作品だ! 学生運動の闘士、殺人未遂で指名手配された男は、中国に違法に入国する。出国したのは1968年。当時、中国はかの悪名高い「文化大革命」の直中だ。すぐに下放によって僻地へやられ30年という長い歳月を過ごす。そして、男は帰郷する。やはり、違法な方法で。男は、日本の政治の季節を生き、外へでて中国の矛盾をみた。変わり果てた日本を彷徨しながら男の胸に去来する様々な思いが、過ぎ去りし時代を回顧しながら描かれる。
 世界の変貌は、男の「個」の歴史や財産までも変えてしまった。失われた土地、歳月の重みがひしひしと伝わってくる。戸籍もなくパスポートもない、男はいまも「外」の人間だ。男はただ、科学の進歩が作り上げためざましい発展の賜物であるこの国の矛盾を醒めた目で見るしかない。どこにいても広告だらけで“すべてが彼を監視していた”と思えるように監視社会化しているかつての故郷であってそうでない日本…。男はまだ「外」の人間でい続けるしかないのだ。進歩がもたらしたものの答えは、男のような人間しか見出すことができないほど日本は閉塞しているのかもしれない。

 
  藤井 貴志
  評価:C
   30年前に日本を脱出し、密入国で舞い戻った中年男性が主人公。「日本と中国」「過去と現在」「都会と田舎」といった様々なギャップを軸に物語りは展開する。30年ぶりに東京で浦島太郎状態に陥り身の置き場を全く見失った主人公は、想像を超えた現代の東京を前に、初めて自分自身と向かい合う。それなりにアクティブな活動家で指名手配までされ国外へ逃亡した彼でも、実際は世の中の流れに身を任せてきたことに気がつく。そして今、21世紀の東京でもみくちゃにされながら自分自身を取り戻していく。
僕は残念ながら1960〜70年代に青春時代を過ごしてはいないので、小説の舞台を自分の体験に重ね合わせることはできなかった。それでも、当時の模様が現代との対比でていねいに語られているので、当時のようすを知らなくても十分にリアルだ。ただ、巨人には長嶋がいて、大阪万博に沸き立ち、よど号事件の顛末を固唾を呑んで見守った……、そんな世代の人たちであれば、もっともっとのめり込めるはずだ。

 
  古幡 瑞穂
  評価:B
   読む人を選ぶわけではないけれど、感動できる人を選ぶ本だと思いました。全共闘世代の気持ちがわかって、その時代を懐かしむ気持ちがわかる…きっとそんな人には私なんかよりずーっとこの小説を噛みしめることが出来るんでしょうね。その昔、闘争の中で人を殺して中国の奥地に逃げ込んだ主人公が、それから30年、これまた密航というカタチで日本に帰ってきます。ここから話が始まるんですが、今の日本や今の東京を見つめるその眼差しが非常に客観的なのが印象的でした。30年間を一挙にタイムスリップしてきたら、どこがどう変わっているんだろう?なんてことを考えたことがなかっただけに、感傷を交えつつも的確に今の日本を描き出した事に対して「よく書いたなぁ」と単純に感心しながら読み進ませていただきました。
 映画の小道具や当時の世相を知っていたらまた違った楽しみ方ができそう。

 
  松井 ゆかり
  評価:A
   矢作俊彦さんの小説をよく読んでいたのは、いまから20年近く前になるだろうか。校則違反のひとつもしたことのない高校生だったけれども、内心密かにハードボイルドな世界観に憧れていたものだった。
 今回ほんとうに久しぶりに読んで、「え、矢作俊彦ってこんなだっけ!?」という違和感が先に立った。当時は片岡義男さんと同じグループの人という感覚でとらえていたのだが。政治的な主張や国家間の軋轢が個人の関係に及ぼす影響など、以前の矢作作品にはみられなかったもののように思われた(あったのだとしても、私には読み取る力がなかった)。
 でも、最後まで読み通して「ああ、やっぱり矢作俊彦だ」と思った。クールでありながら温かく、スタイリッシュでありながら不器用な、そして多くのものを失った後それでも立ち上がる強さがそこにはあった。久々の再会、うれしかった。

 
  三浦 英崇
  評価:B
   「街」――8人の主人公の、渋谷の街での5日間を追体験するこのゲームの中で、私の一番好きなシナリオは「迷える外人部隊」でした。3年ぶりに帰国した傭兵が、渋谷に、そして日本に抱いた違和感。「この国は、いったい何なんだ?」という問いは、今回読んだこの作品にも共通する、極めて重いものだと思います。
 何しろ、この作品の主人公は、3年どころか、30年ぶりに中国の奥地から帰国した訳で、彼の頭の中の日本は、1968年、学生紛争末期の状態で凍結されていたのですから。私の人生が丸々空白の状態、と思った時、その空白の原因となった学生運動の無意味さに戦慄を覚えました。もっとも、恐怖を感じているのは、私が主人公のように強くはなれそうにないからかもしれません。
 昨日を後悔せず、明日を希求する。理不尽には抵抗し、たえず疑問を持ち続ける。それが50歳になっても青年であり続ける秘訣なんだろうなあ、と思いました。