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勝手に目利き
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密林
密林
【角川文庫】
鳥飼否宇
定価 580円(税込)
2003/10
ISBN-4043731019

  池田 智恵
  評価:A
   「シートン動物記」や「ファーブル昆虫記」が大好きだった少女時代を思い出しました。沖縄の密林に、商売の元手にするためにクワガタの幼虫を探しにきた二人組が、途中で奇妙な米兵に会い、さらに周辺に財宝が隠されていることを知るという話。なんですが、この本の面白いところは二人組が戦う最大の敵が、怪しい米兵でも、一攫千金を狙う猟師でもなく密林そのものだということでしょう。ハブに怯えたり、台風でボロボロになったり、道に迷ってその辺の水を飲んでしまったりという日常生活では決してありえない危機的状況にドキドキさせられました。そして謎解き。ミステリー好きの人でもこれはなかなか推察できないのでは。「やられた!」という感じです。ちょっと点数高めですけど、動物図鑑を眺めるのが趣味、というタイプの方には自信を持ってオススメできます。

  延命 ゆり子
  評価:C
   沖縄やんばるの森を舞台にして命を賭けた宝探し、暗号解読などワクワクするような要素が散りばめられているにもかかわらず、テンポが遅くて違う意味でドキドキする(何も解決してないのにあと3枚しかない!とか)。案の定いきなり救いの手が差し伸べられたりして、バタバタな結末。主人公結局何もしていません。これだけ主人公が活躍しないミステリーも珍しい。自分だけちゃっかり生き残っちゃうのも何だかなー。国家機密をかけた事件にしては規模が小さすぎる気がするし。登場人物も異様に少ないし。ぶつぶつ。しかしこの作品で素晴らしいのは沖縄のやんばるの森の描写なのだ。毒々しいハブの威圧感、密林の夜の深さ、森の中の恐怖、孤独感。生き物のような森の生々しい描写には凄みがある。それだけでも読み応えがありました。

  児玉 憲宗
  評価:A
   沖縄を我が物のようにし、森を壊したのはヤマトンチュとアメリカなのだから、米軍から宝を奪うことくらい今までの貸しを考えれば当然の権利だ。宝を狙う猟師はこう考える。昆虫採集家も米兵もそれぞれの言い分と事情を持って、宝捜しを繰り広げる。わずかな手がかりであり、難解な「暗号」は、やんばるの原生林そのものだ。頼りにしているにもかかわらず、過酷な試練を与えつづける。宝捜しは謎が解けるにしたがい、生き残りゲームの様相を呈してくる。  著者の経歴を見ると、この作品の舞台や背景などの設定は、著者にとってスタジアム全体を味方にしたホームで試合をするようなものだ。勝つだけでなく、楽しみ楽しませる余裕を持っている。遊びの要素を織り交ぜた文章がいくつか登場するのはそのせいかもしれない。

  鈴木 崇子
  評価:C
   うーん、シュールなお話だ。人も犬もあっけなく死んでいくし…。やんばるの森でそれぞれ宝探しをする昆虫収集家とハンターと米軍。暗号で書かれた宝の地図。私は冒険ものというよりはミステリーの要素が強い気がしたのだが。  視覚的にうったえてくる主人公の心理描写や、後半に登場する観察者鳶山の特異なキャラクターは強烈だった。けれど体温を感じさせない登場人物たちが、無機質でどこか不気味。対照的にやんばるの森の描写からは、むせるような密林の様子や沖縄の自然や野生動物の息遣いが伝わってくる。私は謎解きよりもこちらの方が印象的だった。自然開発における米軍と日本の思惑、琉球王国の時代から日本(やまと)に搾取され続けてきた沖縄の現実などにもさらりと触れている。実は、生命力のある密林の方が主人公で、人間は背景でしかないのかもね、なんて感じた。

  高橋 美里
  評価:A
   鳥飼否宇というと、横溝賞を受賞した「中空」のイメージが真っ先に浮かんできます。(あの雰囲気はいままで読んだ本で味わったことがなかったので本当に新鮮な気持ちで本と向き合えた作品でした。)そんな強烈なインパクトを私に与えた作家さんの今回の書き下ろし、舞台は「沖縄」。オキナワマルバネクワガタの幼虫を探し求める昆虫商の松崎とその相棒の柳沢は、原生林の中を進んでいた。季節はずれの台風が接近していて、風が強く、視界も悪い。そんな中、二人は米軍基地から脱走してきた米兵と出会う。一方で、渡久地という猟師は脱走した米兵が隠したとされる「宝」を探していた。米兵・昆虫商・猟師、4人は台風のなか出会い、そして「宝」を示す暗号を前にサバイバルゲームを開始する。この作品、一筋縄ではいかないところがたまらない。サバイバルゲームを描いたようで、じっくりとミステリを味わうことができます。劣悪な気候条件・宝・暴力。極限状態で繰り広げられる謎解き。この作品はこの作家さんにしか書けなかっただろうと、しみじみ感じる一作。

  中原 紀生
  評価:C
   昆虫採集家が主人公の沖縄を舞台にした密林アドベンチャー。少年の頃、夢中になって読んだファーブル昆虫記の興奮と、大アマゾン探検記のハラハラドキドキを期待して読み始めたのだけれど、いまひとつ気分が高揚しない。構成と文体に、いくばくかの美学的緊張は漂っている。が、自然であれ人物であれ、描写の密度、濃度のようなものが足りない。ところどころに挿入された言葉遊び、というか活字遊びにも必然性が感じられない。作品世界の内圧が高まって、思わず筆が迸ったかと納得させられるだけの過剰がない。財宝の在処を示す暗号解読の趣向は、うまく溶け込んでいたならばきっと作品の魅力を高めただろうが、かえってわずらわしくて興を殺ぐ。

  渡邊 智志
  評価:B
   古今東西の「宝島」の研究・分類に凝っています。地図を片手に宝の在りかを求めて冒険の旅の果てに待っているものは一体…? たくさんの宝島モノを検討して気付いたことがひとつ。「宝島モノは必ず最後にガッカリする」。期待していた宝は、既に掘りかえされていたり無価値になっていたり一部しか手に入らなかったり灰燼に帰したり…。宝の全部は手に入れられないのです。これらを総称して「ガッカリ宝島」と呼ぶことに決めました。さて本書は…? 展開は多少急激なものの、比較的自然に探索へと誘われますし、地図の登場にもニヤリとさせられます。暗号文にもまたまたニヤリとさせられるのですが、その解法はちょっとありきたり。ここはひとつ不自然なくらい凝った暗号と隠し場所を用意してびっくりさせて欲しかったところですし、途中で主人公チームが解体・再編成されるのも興を削がれます。肝心の宝が「ガッカリ」かどうか皆さん読んで確かめてください。