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マルドゥック・スクランブル
マルドゥック・スクランブル
(The first, The second, The third)
【ハヤカワ文庫JA】
冲方丁
The first: 定価 693円(税込), 2003/5, ISBN-4150307210
The second:定価 714円(税込), 2003/6, ISBN-4150307261
The third:定価 756円(税込), 2003/7,ISBN-415030730X
(The first)
(The second)
(The third)

  中原 紀生
  評価:B
   これは少女と敵と武器についての物語である。作者は後書きにそう書いている。今月、同時に読んだ『黄金の羅針盤』は11歳の「お転婆」な少女が登場するファンタジーで、考えてみるとこの作品もまた少女と敵と武器についての物語だった。この「別の世界」に住むライラにはパンタライモンというダイモン(精霊)と「真理計」が寄り添っていて、マルドゥック(天国への階段)の少女娼婦・ルーンにはウフコックという万能兵器(魂)が装着されている。そして、神学的意匠と科学技術で身を固めた見えない敵。少女・敵・武器の三つのアイテムがそろえば、そこに戦いが生まれる。作者はこの作品で、純粋戦闘ともいうべきものを描写した。文字通り肉体を賭けた戦闘と、カジノのギャンブル(ポーカー、ルーレット、ブラックジャック)を通じた抽象的な戦闘。「我々が生きていること自体が偶然なんだ。…偶然とは、神が人間に与えたものの中で最も本質的なものだ。そして我々は、その偶然の中から、自分の根拠を見つける変な生き物だ。必然というやつを」。冲方丁は、皮膚に直接はたらきかけてくる特異なイメージと硬質な文体を駆使して、未聞の世界を予感させる作品を書き上げた。そして、物語的予定調和(たとえば成熟)を破壊し尽くす、その一歩前で逡巡している。

  渡邊 智志
  評価:A
   ハリウッド映画を思わせるケレン味たっぷりの展開に、ひとまず大満足。いや、この小説を薄っぺらいハリウッド映画などと同列に扱っては失礼というものでしょう。世界の創出・キャラクターの立ち具合・結末へと収束させるストーリーテリングの妙、どれをとっても一級品。一級品と一級品の要素がガチンコぶつかってしまって、アップアップの状態になっている…、そんな心配までしてしまいます。小説全体のバランスは非常に悪いです。シーンのヴォリュームが多いところと少ないところで話が断絶しているように感じられてしまうし、漢字に片仮名ルビの造語についていけなかったら最後まで置いてきぼりにされかねない。それでもなお、作者が本当に描きたかった(と思われる)カジノシーンそのものと、そこに至るまでの重厚な設定の積み重ねや展開の見事なこと! 複雑なゲームのルール説明を織り込みつつ熾烈な駆け引きを描き出すなど、細かな描写も素晴らしいです。