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辰巳屋疑獄
辰巳屋疑獄
【筑摩書房】
松井今朝子
定価 1,680円(税込)
2003/11
ISBN-4480803734
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  川合 泉
  評価:B
   商人の町大坂が舞台の時代小説。大阪に住んでいる私としては、冒頭から、吹田、天満橋と、馴れ親しんでいる地名が次から次にでてくるので、すぐに引き込まれた。
大阪の豪商辰巳屋に奉公にきた元助は、辰巳屋の聡明な三男に勉学を学び、彼が木津屋を相続すると、お付きとして木津屋にいくこととなる。そんな中、辰巳屋の主人久兵衛が亡くなり、辰巳屋対木津屋のお家騒動の幕が切って落とされる。収賄、賄賂と大量の金が動く中、実際に運び屋をしている元助には、そんな自覚はないため、逆に読者をはらはらさせる。人間欲に目がくらむと、泥沼のように抜け出せなくなってしまうのだと、約300年前の人々によって、改めて気付かされた。商人文化にも触れられ、ストーリーもテンポよく進むこの作品。時代物好きの私にはたまらなかった。

 
  桑島 まさき
  評価:B
   正直言って「時代小説」はあまり読まない。聞きなれない固有名詞や人名に馴染めないからだ。事実、本作も登場人物が多い上に、似た名前が多く、改名したりするので、紙に書いて読み進めないと齟齬をきたす。しかし、その表現力は見事だ。さながら講談を聞いているような面白さで引き込まれる。事実に基づいた小説だけに、資料や時代考証に十全な配慮を強いられるが、その上で、作家のイマジネーションによってこれだけの大事件を250ページに収める力量はスゴイ!
 身分制度の確立していた江戸時代、商人の財力は武士の誇りを脅かしていた。三代で大豪商の仲間入りを果たした大阪の炭問屋辰巳屋の相続をめぐる一件は、武家をも巻き込んだ大疑獄に発展した江戸の大事件の一つだ。その裁決を下したのは、名奉行の誉れ高い「大岡越前」だ。本書は、大事件の張本人とされている主人に小さい頃から仕えている正直者の元助の視点で進行していく。何でもないと思ったことが大事に発展していく様や、思わぬ落とし穴に嵌っていく様は、元助のような一歩ひいた距離を保っている無私無欲の人間にしか見えないものだ。その元助のその後が記録にないというのは口惜しい限りだ。

 
  藤井 貴志
  評価:B
   まったく悪気はなかったけど、あとで思いのほか大騒ぎになってビックリしたという出来事はよくある。かつて江戸幕府を震撼させた贈収賄事件「辰巳屋騒動」が、実は、大阪商人たちによるそんな出来事だったとしたら意外である。本書は辰巳屋の奉公人である元助の視点で、商人の生き様と武家との関わりを描いている。余談だが、元助の姿が周五郎の『さぶ』に出てくる“さぶ”と重なった。
さて、贈収賄といえば実にどろどろしているイメージがあるが、本書にそのような様子は微塵もない。結果として暗躍した形になる元助だが、その姿は一途に主人を守ろうとけなげに駆けずり回っている。相続に関する覇権争いの部分は多少どろどろしているが、問題の贈収賄にからむシーンも“金にまみれた商人”というよりは“武家に食い物にされる商人”といった感じだ。結果、幕府側からも死罪者を出した大事件だが、ドラマ放映中の『白い巨塔』のほうがはるかにどす黒いと思ったのは僕だけ?

 
  古幡 瑞穂
  評価:C
   史実と作り事の違いがよくわからない無知な人間なので、この話がどれほどすごいのか、どこからが作家のイマジネーションのたまものなのか、そういうことが全然わかりません。
 江戸の時代に大阪に辰巳屋という大きな商家があって、そこで代替りにともなった大きな世継ぎ騒動があったようです。でもって、そこには贈収賄が絡んだりして藩をも巻き込む大騒動に…最終的にかの名奉行、大岡越前が下した裁きとは!? ってのが本筋。これを丁稚時代からその家に仕えた元助の目で語るわけです。ただ、惜しむらくはほとんどの出来事が淡々と語られるうえに、人の心の描写が少ないのでどうも乗り切らない。以前読んだ『仲蔵狂乱』は食入るように読みましたが、今回は何度か中断を挟みました。あんまりにも客観的過ぎるってことかなぁ。
 ともあれ、やっぱり大岡越前の仕事はキラリと光っているのでした。

 
  松井 ゆかり
  評価:C
   亡くなった父は本を読むのを好んだが、読書の傾向は私とはまったく異なるものであった。好きな作家のベストスリーは、西村寿行・勝目梓・大薮春彦。ある意味一点の曇りもないラインナップと言えよう。そんな父娘をかろうじて(読書に関して)結びつけていたのが、時代小説というジャンルだった。
 さてこの「辰巳屋疑獄」、帯を見て大岡越前(加藤剛さま!)が活躍する話なのかと思って読み始めたのに、ちょっとしか出番がなくてがっかり。伊織先生(竹脇無我さま!)も出てこなかったし(まあ、それはしかたないか)。
 主人公元助は、気の利いた話のひとつもできない実直そのものの人物として描かれている。主人である吉兵衛の聡いキャラクターを際立たせるためかと思うが、「ここで進言せんか、元助!」としばしば歯がゆい気持ちにさせられた。まあ、そんな風に登場人物たちが類型的なのもお約束という感じで、時代劇好きな方にはおすすめ。

 
  松田 美樹
  評価:B
   江戸時代の人情物語、あるいは真面目に生きた1人の男の物語かと思って読んでいたら、急に突き放した感じになって、事件簿というか、裁判の話になっていきます。さすがはきちんとした法がない時代というか、こんな不公平なことでいいの?と疑問に思う点が多々あって、木村弁護士にぜひ読み説いてほしいですね。今の時代ならどんな裁判の結果になるんでしょうか?
 主人公の真面目で実直な人物像にかなり親近感を覚えながら読んでいたので、突き放したりせずに、最初の感じまま、主人公の目線で語った方が面白く読めたような気がします。それと、同じ人物なのに名前が変わるため(成長して改名したり、あだ名になったり)、途中からコイツは一体誰だっけ?となりました。できれば人物一覧表がほしかったです。

 
  三浦 英崇
  評価:C
   「士は己を知る者のために死す」。史記の刺客列伝にあるこの言葉は、人と人が理解しあうことの尊さと危うさを同時に感じさせる、趣き深い言葉です。この小説の主人公・元助は、身分こそ商人に過ぎませんが、その心意気はまさに「士」と呼ぶにふさわしいと思います。その高潔さと愚劣さ、双方においてですが。
 8代将軍・吉宗の治世、一代で財を成した炭問屋・辰巳屋の大旦那の死によって蒔かれたお家騒動の種は、跡を継いだ若旦那の早すぎる死を経て、奉行所まで巻き込んだ一大疑獄事件に発展します。
 この事件の中心人物「小ぼん」様の、いささか偏狭で不人情で悪辣な性格まで含めて理解しつつも、最後まで付き従おうとする元助の、己を捨てた奉仕ぶりには感動を覚えます。一方で、だったらその忠誠心を「小ぼん」様の暴走を止める方向に使えなかったんかい、と詮無いツッコミを入れたくなってしまいました。
 まこと、人とは不便な生き物であることよ。