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白い部屋で月の歌を
白い部屋で月の歌を
【角川ホラー文庫】
朱川湊人
定価 580円(税込)
2003/11
ISBN-4043735014

  池田 智恵
  評価:A
   きれいなイメージを心の中に持っている人だな、と少々少女趣味的なことを思う。表題からしてコレですもの。しかし、ロマンチックな表題作より、もう一編の「鉄柱」のほうが私は好きだ。鉄柱はクロガネノミハシラと読む。とある小さな田舎町にある、公認の首吊り自殺用の柱のことである。こういうことを言うのは軽率だけれど、「公認の自殺場所がある」という設定は、他の人でも思いつくことが出来そうな気がする。だけれど、そういう物の存在が周囲にどう作用するかを、時に社会学的視点から、時に個人の感情から、丁寧に検証して、物語に仕上げるのはものすごく力量のいることだと思う。私は意外にも、ホラー小説でちょっと泣いてしまった。背表紙に書かれた新感覚というのはあながち嘘ではないと思う。

  児玉 憲宗
  評価:A
   二作とも愛をテーマにしたホラー小説である。
「白い部屋で月の歌を」は、霊能力者の助手が主人公。地場から引き剥がした不安定な状態の霊をいったん体の中に入れ込むのが彼の仕事だ。彼の中の霊を導き入れる場所を「白い部屋」と呼ぶ。彼と霊能力者は、弟子と師匠以上の深い関係にある。正直言って、こういったストーリーは好みではない。非現実的な設定を否定するのではないが、胡散臭さが拭えない。しかし、文章の美しさというか巧さはマイナス要素をカバーして余りある。
「鉄柱」は、左遷により奇妙な風習を持つ田舎町に引っ越して来た夫婦の話。こういう内容は好きだ。逆に「白い部屋で月の歌を」で受けた文章の美しさは感じられない。しかし、俗世の中の非現実的な部分がうまく描かれていると思う。ラスト部分は意表をつき感動的でさえある。なかなかの読後感が待っている。

  鈴木 崇子
  評価:B
   「白い部屋で月の歌を」――霊能者に従って、除霊した霊魂を一時的に受け入れる憑坐(よりまし)である主人公。彼は過去の記憶もおぼろげで、文字も読めず、歩くこともおぼつかないという謎めいた存在。恵利香という少女の魂に恋してしまったことが悲劇の始まり…。オチはちょっと平凡、な〜んだ!って感じもしたが、全体的にはよく出来た小説という印象。淫靡で妖しい感じがよかった。
「鉄柱」――不倫で左遷されたサラリーマンとその妻が引っ越した地方の町。その町にはとんでもない秘密があって…。都会では塞ぎがちだった妻がどんどん明るくなっていくのが、秘密が明かされた後ではすごく悲しい。思わず人生って何なの?って考えてしまう。2作品とも切なく哀しく、残酷な物語。

  高橋 美里
  評価:B-
   今年のホラー小説大賞で短編賞を受賞した作品。
ホラー小説というのは、想像してしまうと怖くて夜眠れなくなるので今まで避けていましたが、この作品はどちらかというとホラー色というよりサスペンスの色も持っていてほかの作品よりは安心して読むことが出来ました。
設定がすでに引きつけらるものだったので怖いという気持ちより、ラストが気になって仕方が無い、という読書でした。文庫の裏表紙を読んで興味を持った方は是非是非読んでいただきたいです。

  中原 紀生
  評価:B
   表題作は、結末の意外性に新味がなく短編小説としてのキレはいまひとつだったけれども、語り口が滑らかで、作品の外面に漂う淫猥でどこかいかがわしい雰囲気と無垢で清純な内面世界とが品よくブレンドされていて、好感がもてた。併録された「鉄柱(クロガネノミハシラ)」は、丁寧に書きこまれた文章がしだいに薄ら寒い世界を紡ぎだしていく筆の運びに非凡なものを感じた。ただ、描かれている出来事や舞台設定はありふれていて凡庸。著者は、斬新なアイデアや読者を唸らせるトリックで勝負するより、語り口で読者を惹きつけ物語の迷宮に誘いこんでいくタイプなのだと思う。ホラー小説のジャンルに新境地をひらく、いや、ジャンルをつきぬけて読者の心を揺さぶる長編小説の書き手になりそうな予感。

  渡邊 智志
  評価:B
   本を読んで怖くなるということはめったになくて、このホラーもちっとも怖くはありませんでした。もともと物語のシーンの映像が頭の中に浮かばないタイプの読者なのですが、お話自体がトリッキーな構成で曖昧な描写なので、騙されないぞー、と構えて読んじゃいました。頭のすみっこで余計なことを考えながら読むと、素直に物語りに入りこめませんね。その意味では「鉄柱(クロガネノミハシラ)」のほうがひねりのないストレートな話で楽しめました。でも、ちっとも怖くはないのですが。雰囲気作りも全体の構成も特に問題はないのに、なにか物足りない。怖さを演出することを考えずに、ただ淡々と物語が進めば、小説としてふつふつと怖さが這い上がってくるかもしれない。大上段に「死」とか「生」を押しつけられちゃうと、かえって鼻白むものです。普通の生活の中に異物が堂々と入りこむのじゃなくて、気づかれないようにこっそり鉄柱が存在して欲しかったかも。