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ニシノユキヒコの恋と冒険
ニシノユキヒコの恋と冒険
【新潮社】
川上弘美
定価 1,470円(税込)
2003/11
ISBN-4104412031
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  川合 泉
  評価:B
   やっていることは不倫だったりもするのに、ゆるゆるとした穏やかな雰囲気が物語を包んでいる。読めば読むほど、西野さんはするりと抜けていくように、自分の性格を読者に掴ませない。ユキヒコのことを本気で好きになってしまったが最後、彼が女の子の元から去っていくことを、女性達は本能的に察知している。だから、女性の方から去っていくのだ。心の中ではニシノくんのことをずっと忘れられなくても。
男性にとっては、心の中で思われ続けられるのは、恋愛において「勝ち」なのかもしれないが、それが幸せであるのかどうかは、ニシノユキヒコの人生を読んで、一人一人が考えてみて下さい。(本文中でニシノユキヒコの呼び方がいろいろだったので、この書評でも、いろいろな呼び名で書かせて頂きました。)

 
  桑島 まさき
  評価:B
   「ニシノユキヒコ」という男の少年期、青年期、中年期、壮年期の恋愛模様が、彼が関係した女たちの視点によって描かれる。女たちは、年齢もタイプも性格も様々。そんな彼女たちの語りによって浮かび上がってくるのは、必死で愛を模索し、とめどない世界の中で自分の居場所を見つけようとしていたニシノの真摯で優美なあがきだ。全くニシノという男は魅惑的だ。クールのようでいて優しく、無邪気で繊細。臆面もなく愛の言葉をストレートに囁くかと思えば、子供のようにさめざめと泣く。一歩間違えば嫌味なキャラに出来上がってしまうニシノ像を著者は個性的で愛すべきキャラへと仕立てている。
 こんな男を愛するには相当なエネルギーを要するが、反面、やりがいを感じてしまうのではないか? うう〜ん、でもそれ以前に、疲れたり壊れてしまうだろうな。思った通り、女たちは本能的にニシノから離れる選択をする。ことごとく。だからこそ、愛を求め続けたニシノの切なさが胸をうつ。みんなに〈捨て〉られたニシノは幸福だったのだろうか?

 
  藤井 貴志
  評価:C
   ニシノユキヒコという1人の男性と、彼と情をを交わす女性たちを描く短編集。このニシノユキヒコという男が、実にくせ者なのである。綺麗な顔立ち、自分の気持ちに正直、仕事はきちんとこなす、セックスが上手……、とにかく女性にモテる彼だが、ひとつの恋は長続きしない。次から次へと相手を変えるが、誰からも愛され、恨まれることはない。とにかく捉えどころのない人物なのである。物語に占める役割としては、かなり“ぐにゃぐにゃ”している感じ。どんな攻撃をしても、“ぶにょ〜ん”と吸収されて歯が立たない。こういう捉えどころのない人物を主人公に据えることで、著者は彼を取り巻く人物を思う存分に描けるようになるのだろう。
「これはありえない」と思うほどでもなかったが、ニシノさんのある種のスーパーマンぶりはどうもしっくりこなかった。けれど、彼のまわりの女性たちは心情描写も緻密でとても魅力的に描かれている。『源氏物語』を読んだとき、光源氏自身よりも彼を取り巻く女性たちの話の方がおもしろいと感じたのに似ている。

 
  古幡 瑞穂
  評価:B
   「この世はなんてとめどもないんだろう」世間の渦に巻き込まれてさまようたび、そうつぶやいてしまうニシノくんの物語。“とめどもなさ”などというとてもわかりづらい感覚を上手く言葉にしてしまうところがさすがです。
 内容紹介を読んで、モテモテ男の物語なんじゃないかと思ってしまったのですが、開いてみるととっても切ない恋愛物語なのです。人を本当に愛せないニシノくんは結局愛されることも知らないわけで、数々の女性遍歴(って言葉もしっくりこないんだけど)を重ねながらも、愛に満たされることなく天に昇っていくのです。愛に飢えていておびえているニシノくんを心から愛おしいと思ってしまったのは私だけではないはず。
 手に入れることは出来ても、手の中にとどめておけないということって本当に切ない事ですね。『センセイの鞄』の二人の恋を思い出しました。とはいえ、この本読みようによっては『だめんずうぉーかー特別版』になったりもするし、男性陣からは嫉妬の声も聞こえてきそう。そう言う意味で賛否両論な作品なんでしょうね。

 
  松井 ゆかり
  評価:A
   いわゆる「もてる男」というのに関心がない。縁もなかった(許せ夫よ。しかし、職場では“癒し系”として同僚のみなさんから認知されていることを、彼の名誉のために付け加えておく)。
 それでもさすが川上弘美さんの手にかかると、主人公ニシノくんはそんじょそこらの(ってそうそうはいないか)モテ男とは違う、一種捉えどころのない魅力を持った人物に描かれている。
 ほんとに魅力的なのは、語り手である女性たちかもしれない。この連作短編集は、西野幸彦というひとりの男を愛した10人の女性が彼との思い出を回想していく、という形で綴られている。全員が同じ人間のことを書いているはずなのだが、各々自分が見ていた(あるいは見たかった)一面しか描かれていない。もてる男はどうでもいいが、さまざまな顔を持つ人間は興味深い。川上さんはさらっと書いてあるようにみせているけれど、これってすごいことではないだろうか。

 
  松田 美樹
  評価:B
   「人間は多面体だ」と言っていたのは橋本治だったかな。同じ私という人間なのに、Aさんと会っている時の私と、Bさんに会っている時の私は全く違う。何故かAさんにはすごく我がままになれるけど、Bさんに対しては大人しいというような意味合いです。そして、この本は正しくそう。ニシノユキヒコという1人の男を10人の女性が語っています。それは呼び名からして違う人物のように描かれています。「西野くん」「西野さん」「ニシノ」「幸彦」「ユキヒコ」などなど。彼が人生の中で付き合った、魅力的な女性たちが、いい人だったり、掴みづらい人柄だったりといった色んな面を持つニシノユキヒコを浮き彫りにさせます。女性側から見た、「源氏物語」の光源氏を書くとこんな感じになるのかもって思いました。

 
  三浦 英崇
  評価:C
   人の呼び名は、状況に応じてさまざまに変わります。私自身も「君」づけだったり「さん」付けだったり、呼び捨てにされる場合でも、苗字で呼ばれたり、名前で呼ばれたり。呼び名というのは、自分と相手との間の距離を示す指標なんだな、という、ごく当たり前のことを、この作品を読んで、改めて考えてみました。
「ニシノユキヒコ」という男と、一生の間に出会ったさまざまな女性たちが、彼を思い出して語る、という形を取るこの連作の中で、彼女達自身の中での彼の位置を示すかのように、呼び名が変わってゆきます。
 でも、呼び名が変わっても、彼と彼女達の間は、常に同じような経過をたどり、やがて終焉を迎えているようにみえます。それは、彼女達から見た彼の位置がそれぞれ異なっているように見えるけど、実は、彼自身の位置は常に全く変わらないまま、彼女達が彼の周りに同心円を描いているだけだからなのかもしれません。
 綺麗に並んだ、人生の年輪。