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勝手に目利き
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希望
希望
【文藝春秋】
永井するみ
定価 2,520円(税込)
2003/12
ISBN-4163224505
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  川合 泉
  評価:A
   作者が力を込めて書いた作品だということが行間から伝わってくる一作。世間を騒がせた、連続老人殺人事件の犯人は少年だった。事件から5年が経ち、その少年・友樹が社会に復帰した。友樹の母・陽子のカウンセラーである環を中心に、友樹の妹・唯、被害者の孫、晋・摩耶・健司、そしてこの事件を追っていた刑事・海棠、雑誌記者の林と、いろいろな立場から、少年事件の「その後」が描かれている。
全ての人間が、心に葛藤ややりきれなさを抱えている。それをどう消化していくかは一人一人にかかっている。暗い過去を持つ者より、他人からはわからないもやもやとした鬱屈を抱えている者の方が、気持ちをコントロールしきれないことが多いのかもしれない。実際、今現実で起きている少年事件は、両親のせい、周りの環境のせいと理由づけはされるものの、本質的な事件の動機はわかっていないものが多いと思う。本書の最後に待っているものが「希望」なのか絶望なのかは、ご自身の目でお確かめを。

 
  桑島 まさき
  評価:AA
   少年犯罪というリアルタイムな題材を扱っている。重厚なテーマをサスペンスタッチで描き、読者をズルズルと引き込ませる著者の力量に感服した。加害者側、被害者側、警察、報道機関、心のケアを行う側、それぞれの立場から〈罪〉に巻き込まれた人間たちの織り成すドラマを描いた525枚の本作の突きつける問題は限りなく重く深い。人は生きている限り、たとえ大小の差こそあれ罪とは無縁だから。
 登場人物が“美しい”人たちが多いのが鼻につくものの、個々がその立場において抱える心の“在りよう”について著者はぬかりなく描いていく。さながら心理分析をするかのごとく。そうなのだ、本書は人の心について知る指南書ともいえる壮大な「心理学的小説」なのだ。
 世界を震撼とさせる少年犯罪が多発し、社会に暗い影を落としているだけに、主人公が救いのある結末を迎えることに希望を感じる。是非、この時期だからこそ、書かれなければならなかった作品だ。

 
  古幡 瑞穂
  評価:B
   老女の連続殺人事件が起こります。全員丸坊主にされていて、腕には「よくできました」のはんこが押されているという猟奇的な事件。さらに驚くべき事に、逮捕されたのは美少年と呼んで良いほどの理知的な少年でした。それから五年。少年院から出てきた彼を巡って、新たな事件が幕を開けます。
 大筋は非常に面白い、というか興味深いんですがどこかで記憶に残っている話を組み合わせたようなイメージがあるのがぬぐいきれず残念。でも小細工をせず真っ向から少年事件を書いたってところには好感が持てます。ただ、最終的に巧く結論をかわされたような感もありました。あと、もう少し誰かに視点をしぼって話を進めたらわかりやすくなっていたかもしれませんね。そうは言っても久しぶりに重厚で、考えさせられることの多い物語を読ませていただきました。惜しむらくは値段だなぁ。これ、もうちょっと安くならなかったんですかね……

 
  松井 ゆかり
  評価:C
   読ませる力のある文章である。心理学などについてのリサーチもかなりされていることが窺える。もしノンフィクションという形式で書かれていたら、もっと違う読み方ができただろうと思う。
 ある少年犯罪が物語の核となっている。14歳の少年が3人の老婦人を連続して殺害した事件だ。少年が約5年の刑期を終えて出所してくることから、新たな事件が起きる。
 作者の狙いがどこにあるのか自分には正確に知りようもないが、現在少年犯罪を題材にして小説を書くとすればまさにこの本のように、結論を出さず、加害者に感情移入することなく、起こったことのみを積み重ねていくという方法をとるしかないと思われる。興味本意とか話題性重視とみられるリスクも含めて、永井さんにとって大きなチャレンジだっただろう。しかし少なくとも私は、それでもなお少年犯罪を書かなければならないという説得力を、申し訳ないが感じ取ることができなかった。
 一方で、少年の母親が通っていた女性カウンセラーの恋愛描写は、唐突とも言えるほど性急で通俗的であるように感じられる。それが悪いと言っているのではないが、残念ながら散漫な印象を受けてしまった。永井するみという作家の、もう少し身近な題材を書いた小説を読んでみたいと思う。

 
  松田 美樹
  評価:B
   老人3人を殺害した中学生が少年院から戻ってくる。19歳の美しい青年となって……。少年の母、妹、母のカウンセラー、被害者の孫、刑事、雑誌記者。彼の周りの人たちが、出所と同時に動きだし、さらには新たな事件も起こって……。社会派小説?と思いながら読んでいたのですが、裏切られました。推理小説的な要素も含んだ作品です。
 発端となった事件を起こした少年は、最後に登場するものの、周りの人が話す人物像から想像するしかない仕掛け。だから、母親が語る少年、被害者の家族が語る少年、刑事が語る少年を頼りに読者も人物像を作ることになるのですが、その思い描いた人物と彼そのものとは遠いような印象を最後に与えられました。事件を起こしたんだから、きっと性格や家庭環境に問題があったに違いない、と思い込みたがるマスコミや事件とは関係ない部外者たちの気持ちと、当事者や周辺の人たちの苦悩が上手く表現されていたと思います。

 
  三浦 英崇
  評価:B
   老女を丸坊主にし「たいへんよくできました」とスタンプを押す連続殺人犯は、14歳の少年だった。
 現実の事件を想起せざるを得ないプロローグから5年。決して癒えないだろう心の傷を負いつつも、なお傷の回復を模索する、加害者側、被害者側の人々。彼らを決して放っておかないマスコミと、彼らが与える情報を渇望する世間。
「最後には何が起きてしまうのか?」という、いささか不謹慎な期待を抱いて読み進めていた自分の姿が、ふと、マスコミの餌に嬉々として飛びつく無責任な輩と重なった時、戦慄を覚えました。それだけ、作者のストーリーテリングが巧みだということでもありますが。
「誰しも心の中に抱えている闇」に原因を見い出すという、安易な解決に逃げることなく、加害者側と被害者側、それを囲む人々の心の問題に正面から挑む作者の姿勢に、感銘を受けました。半端な気持ちで読むと、自己の醜さに気付いて痛い目に遭う、そんな作品です。