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勝手に目利き
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指を切る女
指を切る女
【講談社】
池永陽
定価 1,680円(税込)
2003/12
ISBN-4062121441
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  川合 泉
  評価:B
   四編全てに共通して言えるのは、主人公の四人の女性全てが、容姿の整った者だということだ。人妻でありながらも男性から言い寄られたりと、女性側が優位に立っているようにみえるが、一番振り回されているのは実は女性側なのだ。私のお薦めは「悲しい食卓」。大手企業に勤め、一見完璧な夫だが、まるで自分に関心がない。そんな夫からの唯一の頼みである「おふくろの味」の再現に苦戦する。そこに、昔から自分に思いを寄せていた男が現れ…。愛も安定も手に入れたい女性がどう動くのかがリアルに描かれている。
表題作「指を切る女」は他の三編より、怪奇色の味付けが濃い。乙一氏の作品にもみられるが、手や指を題材にする作家が多い気がする。指というのは性の象徴であり、又、生の象徴であるのかもしれない。

 
  桑島 まさき
  評価:A
   表現力、洞察力、構成、すべてに平均的に安定した小説だ。久し振りに“らしい”小説を読んだという気になった。3つの短篇と1つの中篇を収録した作品集の中、表題作「指を切る女」がだんとつに光る。
 唯子、主人公の直彦、カンチャン、吉ヤンは幼なじみ。男たちは皆、唯子に惹かれた。惹かれながらも直彦は唯子の放つ“何か”から逃れるように東京へ出て、そして運命の糸に手繰り寄せられるように再び故郷に戻り、唯子の美しさ、妖気、複雑さ、逞しさ、に翻弄される…。
 自らの淫乱の血を制するために指を切るという唯子は、これまで純文学作家が求めてきた女性像そのもので、女の哀しみや強さを体現する。つかみどころのない唯子のために、男たちは友情以上の〈秘め事〉をおかしてしまう。異常事態なのに死体の傍で茫然としている唯子に欲情したり、情交しながら滴る血を舌で舐めるなど、なんとも耽美的で人間の「業」について読ませる作品だ。“小京都”とよばれながらも京都のような優美さに欠け、閉塞的な印象を与える飛騨という場所設定もよく、桜が視覚的な効果をあげている。

 
  古幡 瑞穂
  評価:C
   女ってほんとに情念の生き物なんだなと、まるで他人事のように怖くなりながら読んでしまいました。
 何を考えているのか皆目検討つかず(女性の視点で書いていないんだから当たり前なんですがね)自己主張はせず、時に無言のままに相手に迫りながらも、いつしか流されてしまう……。それほど酷い悲劇が起こるわけではないのに、最後まで暗く、いつまでたっても救われた気がしない物語ばかりなのです。
 ここに出てきた女たちの物語を、女の視点で書いたらどんな物語になるのでしょう。男たちのエゴがくっきり浮かび上がってきたりするのでしょうか?そこにとても興味があります。いずれにしても、暗い気分に浸っていても平気なときに読むべき作品です。ご注意を。

 
  松井 ゆかり
  評価:C
   池永陽さんの作品を読むのは「コンビニ・ララバイ」に次いで2冊めである。確かにうまい。職人技といった感じがする。しかしながら本書を読んで「あー、池永さんと私の女性の好みって合わないな」ということをほぼ確信した。
 「コンビニ〜」の女性店員に対しても感じたのだが、この本の女性たちはパワーアップしている気がする、鬱陶しさが。なんだろう、“芯が強いように見えて実はもろく、心の内に情念を秘めた女性”(陳腐な表現で申し訳ありません)というのがお好きなのだろうか。いや、これだけなら別にかまわないものな。なんかこう…「こんなあたしを放っとけないでしょ、ね?」って感じの強烈な媚が垣間見えるからだろうか。
 しかし、繰り返しになるが作品としては手堅くまとまっているなあ、と思う。恋愛抜きの作品、書いてもらえないでしょうか。

 
  松田 美樹
  評価:C
   ちょっとどうしちゃったの?というような女性ばかりが主人公の4つの作品集。変わった人たちだなあと読み終わりました。でも、何となく理解できるのは「悲しい食卓」。要約すると“女って欲張り”っていうお話です。理想的な旦那をお見合いで見つけるも、これが満たされれば、次はこれって感じで、不満が尽きない美佳。お見合いの時に旦那に言われた条件(銀行員の妻らしくふるまってほしい)に、納得していたはずなのに、いざ結婚してみるとそれが不満の要素になります。ある!ある!、そういうもんよねとちょっと共感しました。何にも考えていないと言われれば反論の余地はないんだけど、幸せいっぱい、全てに満足っていう状況は(短期間ならともかく)ありえない。小さな不満を抱えることで、よしっ、次はこれだ!と目標も生まれようというもの。本当はそんな話じゃなんでしょうが(最後は、女のサガを感じる終わり方なのです)ちょっと苦笑いしてしましました。

 
  三浦 英崇
  評価:C
   人間関係、特に男女の関係というものは、しばしば複雑怪奇で、理屈じゃ割り切れないような展開になりがちです。私なんぞは、実体験で学んだ訳じゃなくて、もっぱら活字で知ってきた人間ではありますが、別段、経験したくないです。特に、この作品群の主人公たちのような、情念の濃いめな女性たちを相手には。
 表題作からして「指を切る女」ですよ。自分の指、包丁で切りませんて普通は。確かに、指を切るに至った事情については、頭で理解できなくはないけど。理解できただけで、実際目の前で指を切られた日には、もう怖いの通り越して謝るしかないじゃないですか。
 他の3編についても、主人公は皆、一見ふつうだけど、実は「どうして私を愛してくれないのッ!」と迫ってくるような勢いがあって……正直、人に愛されることが、こんなにも恐怖を伴うものだとは思いませんでした。「娘道成寺」の、清姫に魅入られた安珍になった気分です。