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天国の銃弾
天国の銃弾
【創元推理文庫】
ピート・ハミル
本体800円
2003/12
ISBN-4488210031

  岩井 麻衣子
  評価:C
   IRAの司令官から手紙を預かり米国へ運んだことをきっかけに、ジャーナリストが巻き込まれる事件を描いたハードボイルド。シリーズ3作目ではあるが、ストーリー上は初めて読んでも不明点はない。祖国のため、家族のため、神のため、金のためという様々な信念をもつ人々がお互いを利用し、利用され、ついには破滅させられていく。IRAというアイルランドの人々にとって重いテーマが題材のひとつであり、人々が語る様々な信念がどすどすと胸におちてくるぶん、ラストの脱力がすごい。眉間にしわをよせながらマジメなことを語っていたのに、コントのような結末。「おまえなんか偽物」というわけだろうが、そんなオチでいいのかとつっこんでしまった。まああれでいいんだろう。思い詰めても拍子抜けすることはよくあることだし。

  斉藤 明暢
  評価:B
   「空想の自伝」とは作者自身の言葉だが、読み手としては、あちこちに散りばめられた現実の世のカケラを素直に受け入れられるかどうかで、評価が大きく変わってくると思う。
すいません、私はちょっと引っかかってしまいました。
大義とか宗教とか信仰(対象は神仏とは限らないが)とか、そういった話を持ち出されると、ついマジに考えてしまう。アイルランドの話にしても、作者がどっちの側に傾いているかはともかく、どちらが正義でどちらが悪かは、立場次第で変わってきてしまう気さえするのだ。もちろん、それは信じられないくらヒドいことが長年行われ続けていて、とれる手段は果てしない血と破壊の応酬しかない、という世界をこの身で感じたことがないせいもあるだろう。
そこら辺で引っかからなければ、もっと素直に楽しめたかとも思うけど、こればっかりは人それぞれの出会いとタイミングの問題で、仕方ないのだった。
楽しみきれなかった自分が、ちと残念だ。

  竹本 紗梨
  評価:B
   アイルランド紛争に巻き込まれて闘うフリージャーナリスト。「ニューヨーク派ハードボイルド」の傑作。…ハードボイルドなんですよね。殺されてしまった男の信念への共感だけで命をかける主人公、その娘への深い愛情などストーリーとしては悪くないんだけど、いいんだけど!バーボンのロックを傾けてみたり、簡単に人を殺したり、小粋に女をあしらったり…そのいちいちを茶化したくてしょうがない。ただ茶化しつつも、話には十分引き込まれた。男の美学で彩られていたり、主人公が恐ろしくナルシスト、という私のハードボイルドへの激しい思い込みは少し減少。アイルランド紛争の当事者の視点で、この話を読んでみたくなった。

  平野 敬三
  評価:C
   ある街を思い浮かべるとき、私の場合、飲み屋での光景が必ずついてまわる。単なる酒好きということもあるが、場末の雰囲気がその街の匂いを左右することも事実で、だから初めての土地ではなるべく地元の飲み屋を訪れることにしている。本書はまさに酒場の存在で土地の空気を見事に描いた作品で、短い描写で実に多くの事柄を浮かび上がらせている。それがたとえいくつもの争いのもとでひんやり冷たくなってしまった風景であっても、不快ではなくむしろ好ましく思えることが、そのまま本書の魅力になっている。物語は実にシンプルで、特に終盤でひねりに欠ける点は否めない。アイルランド紛争という、いまいち知られていないテーマを扱っていながら主人公の思い入れが先行しすぎて読み手がついていけなくなることもしばしば。しかし、20年も前の作品をこうして出版することの意義は、先にも触れた通り、過剰に登場する酒場での何気ないシーンを読むとよく分かるのである。ただいかんせん「面白くない」のが辛い。

  和田 啓
  評価:D
   地図で眺めるとアイルランドの上部、北アイルランドと云われている地域はアイルランドと色分けが違う。そこはユナイテッド・キングダム、イギリス領なのだから。小説の設定は80年代。今のイラクやパレスチナのように、内戦状態にあった北アイルランドが舞台となっている。日本でもよく知られているピート・ハミルはアイルランド系米国人。イギリスに痛めつけられた濃厚なアイルランドの歴史を背負い、かつジャーナリストとして培った資質を十分にこの作品に現出させている。
 主人公がかっこよすぎて、現実離れしたスーパーマンであるところが気になった。どうもハードボイルドを書くと皆がこうなってしまうらしい。ハミルのニューヨークの描写は、エッセイの方が素敵だし、読みやすく硬骨な文体はノンフィクションを書いた方がハマル。愛すべき彼の人柄は、小説にも現れてはいたのだが。