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新・地底旅行
新・地底旅行
【朝日新聞社】
奥泉光
定価 1,995円(税込)
2004/1
ISBN-4022578920
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  桑島 まさき
  評価:A
   長ったらしい旅行記を日記風に読まされると退屈だが、この旅行記は「ジュラシック・パーク」などに代表されるSFアドベンチャー・ファンタジー・ムービーを見ているようにワクワクして面白い。時代設定は明治。各界の著名な登場人物たちの〈野々村鷺舟〉や〈水島鶏月〉というネーミングもイイし、同時代的に高浜虚子を登場させるなど、時代の匂いプンプン香りたつ明治ロマンもの。衒学的なやりとりばかりで、いざとなると根性ナシ、痴話ゲンカばかり繰り返す男たちに比べ、ズーズー弁のサトの肝のすわった逞しさや、都美子嬢の典雅な冷静さの何と際立つことか。
 ところで地底旅行とは、富士山の洞穴から地球の中心へ向かうという途方もない旅。花魁とかげ、巨龍、わに、有尾人、光る猫、豚の大群など出るわ出るわの大騒動。光る猫とは会話が成立するし、雷に打たれた都美子嬢は発光体となるし、物理、化学に弱い私にはチンプンカンプン。しかし、これだけの要素をふんだんに盛り込み料理する著者の分析的知性に敬意を表したい。巧妙な語り口によってズルズル地底旅行に同行させられた。

 
  古幡 瑞穂
  評価:B
   姿をくらましてしまった博士と、その娘を追いかけて地底旅行に向かった4人組。富士山の樹海に端を発し、洞窟、絶壁…と探検のお定まりのルートに間欠泉。しかも彼らをつけてきた怪しい人物が現れたり巨大魚があらわれたりと、息つく暇もありません。読み手も手に汗握りたくなる危機一髪の連続なのに、登場人物たちのやりとりはどことなくユーモラスなのです。食べ物に困っても、途中で死を覚悟しても、なぜだか全然深刻そうに見えない!それだからこの話がファンタジーっぽくなるんですね。
 そもそも新聞での連載モノだったせいか、長いけれども区切りが良くて読みやすいのが良かったです。途中で名前のない猫が出てきたり、宇宙オルガンが出てきたり、と他の奥泉作品とのリンクも見られる作品。その連続性があるだけに、他の作品&ヴェルヌの『地底旅行』を読んでいないと本来の味を味わうことができないところがちょっと残念ですね。

 
  松井 ゆかり
  評価:A
   あー、なんで新聞連載時に読んでおかなかったんだろう、失敗したなー。10か月間心躍る朝を迎えることができただろうに。
 不勉強にて今回初めて著作を読ませていただいたのだが、他の作品の題名などからも、奥泉光さんという作家は相当の夏目漱石ファンでいらっしゃるとお見受けした。この本で、寒月君(「吾輩は猫である」)の弟さんにお会いできるとは!苦沙弥先生も猫も出てくるし。そもそも主人公鷺舟とその友人丙三郎の掛け合いは、それ自体が苦沙弥先生と寒月君のやりとりのようである。素晴らしいオマージュ。うーん、いいなあ。たぶんこの面々が登場する続編が書かれるであろうと示唆される記述もあって、ほんとに楽しみ。
 ただ、閉所恐怖症の気がある方にとっては、この本はちょっとつらいかも。私は洞窟とかだけならよかったのですけれども、そこに水が流れ込んでくるかもしれないという場面で、かなり息苦しかったです。

 
  三浦 英崇
  評価:B
   仮に、夏目漱石の留学先がロンドンではなく、パリだったとして、英文学ではなく仏文学を志し、ジュール=ヴェルヌの作品に触発されるようなことがあったとしたら……この作品のように、明治の気風を存分に感じさせる「空想科学綺譚」が書かれていたのかもしれません。
 そんな妄想すら頭に浮かんできてしまうのは、この作品が、漱石にも縁深い朝日新聞で連載されていたり、作者自身がかつて「『吾輩は猫である』殺人事件」という傑作を書いていたり、といったことのほかに、やはり、作品自身の持つたたずまいによるところが大きいかと思います。
 霊峰・富士の地下に広がる、科学や常識を超越した一大パノラマ。これだけの大嘘に説得力をもたせるには、かの文豪を彷彿させる雰囲気が欠かせないのです。奇想天外、山あり谷ありのエンターテインメントでありながら、文学としての気品を同時に兼ね備える、とても楽しい作品でした。