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勝手に目利き
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黒冷水
黒冷水
【河出書房新社】
羽田圭介
定価 1,365円(税込)
2003/11
ISBN-4309015891
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  川合 泉
  評価:A
   兄の部屋をあさる弟を、執拗に監視する兄。兄弟間の憎悪は、何を発端とし、どこへ向かうのか…。どこまでがフィクションで、どこからが現実なのか。はたまた全てが完全な創作なのか。その疑問を読者に巧みに抱かせることで、読み手をぐいぐいと作品に引き込むことに成功している。17歳でこれだけのものを、というより17歳だからこそ書けた作品という感じがした。兄弟という最も狭い世界を、これだけ深く執拗に描き出せるものなのかと驚かされる。同性の兄弟というのは、一番身近なライバルだけに、複雑な思いをお互い抱えているのだろう。
綿矢りさ、金原ひとみ、島本理生の登場で文壇界の若返りが騒がれている。その中での17歳、そして男子高生での文藝賞の受賞ということで、この作品も話題となったが、期待以上の中身だった。次回作がでたら是非読みたい。

 
  桑島 まさき
  評価:C
   衝撃的な作品だ。家族との〈確執〉は古今東西、文学のモチーフとされてきたが、ここまで実の兄と弟が自分の「優位性」をめぐって、陰湿に、執拗に、互いを憎悪しあうとは…。17歳で文藝賞を受賞した著者の受賞作だが、序盤、高校生の兄と中学生の弟の稚拙な精神の在りようを、その時期を通過した私にとっては懐かしさを感じるものの、かなり居心地悪く読んだ。一気に読ませる筆力は憎悪によるものか。
 ところで本作は、〈完〉の後にまだ物語は続き、〈兄〉=〈書き手〉であり、〈書き手〉が本作を書いた理由、率直な感想が書かれている。つまり、突如〈フィクション〉の形をとった〈ノンフィクション〉だと知らされるのだ。
「home」というドキュメンター映画がある。引きこもりの兄が家族にもたらす暗い影を弟である映画監督・小林貴裕がカメラに収めた。幸いにも結末は救いのある未来を予感させたが、本作にもそれを期待したい。そうでなければ「小説」という形をとって家族の暗部を世間に晒した著者の労苦は報われないだろうから。

 
  古幡 瑞穂
  評価:C
   好きか嫌いかと聞かれたら「嫌い」の部類に入る小説なんですが、売れる要素を沢山持った作品であることは認めます。最年少文藝賞受賞者などの話題と注目度はもちろんのこと、それより大きいのが他の人と話題にできるテーマが沢山入っているところでしょう。ラストについての感想も分かれそうですし、兄弟の憎悪なんて話でも盛りあがりそう。
 逆に、一人で読んで内容をじっくりかみ砕いたりすると、溢れんばかりの憎悪の渦に巻き込まれて気分が悪くなってきます。しかしまぁよくもまあこれだけ細かい悪意の描写を執拗に書きつづったものです。どんでん返しのプロットなどはあまり感心できなかったのですが、ストーキングシーンの描写には舌を巻きました。家や兄弟の部屋、そして学校という狭い世界で生きている人ならではのワザでしょうね。いやほんと、空恐ろしくなるくらい大した才能の持ち主です。しっかし我が家は兄弟仲が良くて良かったです。ほんとに。

 
  松井 ゆかり
  評価:B
   この恐るべき小説について、いろいろと書きたいことはあるが、何よりもまず羽田圭介さんのお母上にうかがってみたい。「息子さんがこれを書かれたことをどのように受け止めておられますか?」と。
 ひとりの本好きとしては、若い才能の出現はたいへん喜ばしいことだと思う。しかしもしも自分が著者の母親だったとしたら…「おいおい、こんなこと考えてるのかよ?圭介!」と息子をぐらんぐらんに揺すぶってやりたくなりはしないか。私は2歳下の弟もいるし、男子の第二次性徴というものに対して寛大な方だと思うが、それにしてもここまで書き込まれては。羽田家には弟さんはいないのかとか、この小説のせいでご家族の関係がぎくしゃくしたりはしないのかとか、とめどなく老婆心が湧いてくる。
 我が家の3人の息子たちよ、いつまでも兄弟なかよくね…という母心を見事に打ち砕いてくれる衝撃の一冊だった。いやいや、どんなにリアルに書かれていても、これはフィクションだ。羽田くん、そして兄弟のいるすべての青少年に幸いあれ。
「インストール」といい、「黒冷水」といい、文藝賞は侮れないな。今後もチェックを怠らないようにしよう。

 
  松田 美樹
  評価:B
   変わったテーマです。だって、兄弟ゲンカ。本当に、ただそれだけです。兄がいない間に部屋に入り込んで物をあさるのが快感という弟。そんな弟に気付いて、弟の嫌がることをして意趣返しをする兄(弟の悪行を母親に言い付けるのが主)。うーん、不毛だ。でもそんな争いがずーっと小説の終わりまで続きます。だんだんエスカレートして行く仕返し。確かに、家族であるが故に特別な感情を抱くことってあります。相手は、気付いた時にはそばにいて、良くも悪くもかなり影響される存在です。他人だったら、付き合いを止めればすむことなのに、それができない。そして、この2人はどうしてここまで?と思うほど憎しみが増していくことに。自分の感情なのに、その真っ黒い気持ちを止められません。兄と弟のそれぞれの言い分もあって、ここまできたら仕方ないねと思いながら、でもどうやって不毛な兄弟ゲンカに結末を持って行くのか?と不安になりましたが、作者は上手いこと終わらせています。
 あともう1つ気になることは、父親の存在感のなさ。母親は出てくるのに、父親は台詞も少なく、ほとんどいないも同然。お父さーん、もっと頑張れーと応援したくなる作品でもありました。

 
  三浦 英崇
  評価:B
   最近、家庭内での虐待や暴力事件についての報道が、ますます多くなっています。家族という関係は、断ち切ろうと思ってもなかなか断ち切れないものであり、あまりに近いが故に息詰まるものになりがちです。その突破口を間違った方向に開いた結果が、昨今の殺伐とした風潮を背景に、表出しているのかもしれません。
 もちろん、実際はそんなに単純に割り切れるものではないですが、この作品について考えるならば、そういう図式が、主人公たち兄弟の壮絶で異様な対立を説明づけるのではないでしょうか。
 執拗に兄をストーキングし続ける弟と、そんな弟の鬱陶しい行為にいちいち苛烈な仕返しをする兄。ディテールが綿密に描きこまれているだけに、どこかの家庭で現在進行中の事態を実況中継されているかのような怖さがあります。
 読了後、冒頭のように、説明付けることで恐怖を紛らわせている自分に気付き、私を説明に逃げ込ませた著者の筆力に慄然としました。