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四日間の奇蹟
四日間の奇蹟
【宝島社文庫】
浅倉卓弥
定価 725円(税込)
2004/1
ISBN-4796638431

  岩井 麻衣子
  評価:B
   「このミステリーがすごい」大賞金賞受賞作。脳に障害がありうまく話すことができないが、天才的なピアノセンスを持つ少女と、その少女を助けた為に、ピアニストへの道を閉ざされた青年。彼らが、演奏の為訪れた施設で体験する奇蹟の物語りである。核となるネタが大人気作品と同じで、他にもどこかで味わったような雰囲気がある。しかしそれがいい方向へ向いているのがこの作品の魅力ではないだろうか。もともと読み手がイメージしやすい雰囲気が、作者のすばらしい描写力で、より鮮明に浮かび上がる。読了後に穏やかな気分になり、思わず空なんかを見上げてしまう一冊。読む前にクラシックのピアノ曲CDは準備されたい。特に「月光」は必須アイテム。私はどんな曲だったか思いだせず、ものすごく損をしたような気分になった。休日の午前中に小さな音で曲を流しながら読むと雰囲気抜群。本書の奇蹟を読み手も体験できるのではないだろうか。

  斉藤 明暢
  評価:A
   たぶんこの作品には、ものすごく斬新な要素とか展開とかは別にないんだと思う。ある出会いと、その後の人々の変化。それだけだ。
漫画の世界では、全てのパターンは既に手塚治虫が描いてしまっているから、あとは組合せとアレンジの問題でしかない、なんて言う人もいる。もう似たような物語はあるから、似た人がいるから、初めての出来事ではない…… しかし、たとえそうだとしても、自分が感じた出会いや衝撃の価値が変わったりするわけではないのだ。それをどのように受け止め、そして自分自身がどう変化するかで、その価値が決まるのだろうと思う。「天は自ら救る者を救う」ってことはつまり、受け取る気がある者だけが、何かを与えられたことに気がつくことができる、ということでもあるのだろう。
実際のところ、この四日間の前後で、主人公自身の状況というか境遇は、あまり変わっていないのだ。
でも彼は変わった。
誰にでも起き得ることだけど、だれもが受け止められるわけではない。奇跡というのはそういうことなのかもしれない。

  竹本 紗梨
  評価:A+
   美しい物語。救いの物語。生きることを全面的に肯定してくれる物語。美しい文章に、そして控えめながらも力強い筆力に引き込まれて一気に読み通したのに、他に言葉が出てこなかった。話の核となる大事故が起こるまで、脳に障害のある千織と、彼女を助けるために指を失ったピアニストの、敬輔の重厚な音楽を聴いているかのような重い物語にすっかりのめりこんだ。事故の後はラストまで一気に読みきった。2回目は自分を抑えて、ゆっくりと味わった。3回目になって、やっと救われた存在に気がついた。失ったものと叶えられているもの、自分の思い通りにならないことばかりだけど、生きていく意味は…?本当に美しい物語です。物語に引き込まれるまま、何回でも読み返してください。

  平野 敬三
  評価:A
   心残りも未練もたっぷりある。それでも死の直前に「私の人生はこれで良かったんだ」と肯定してあげられる人はいったいどのくらいいるのだろう。そして自分は、大切な人がそういうふうに思えるための何かを日々の生活のなかで積み重ねているのだろうか。本書を読み終えて、そんなことをぼんやりと考えた。どうせすぐに怠惰な日常に戻るくせにどうせまた些細なことでけんかをするくせに、この貴重な毎日を大切に生きよう今日一日だけでもやさしい気持ちを離さないようにしようと思った。 作家としての力量は十分だが、文章は如何せん拙い。ゴツゴツしているというか、妙にデコボコがあって少々ぎこちない。それでも冷静にそんなことを考えられるのは前半までで、物語の後半からはぐいぐい引き込まれてしまう。これを読み終えて前半が退屈云々、技術が云々細かいことを言う人がいるとすれば、それは「小説に呑み込まれる幸せ」を知らない人だ。「限られた命」とか「知的障害を持つ少女の成長」とか、いかにも感動!な題材を扱いながら、その表層部分で引いてしまった僕のようなひねくれた読み手をも呑み込んでしまうこの物語の圧倒的な魅力を多くの人に味わっていただきたい。

  藤川 佳子
  評価:B
   オビ、裏の解説文、プロフィールの言葉がすこし大袈裟では…? 本文を読む前から「気をつけろ!」と身構えてしまいます。
左手薬指を失った元ピアニストと脳に障害を持つ少女が、ある奇蹟によって再生していく物語です。登場人物がみな良い人過ぎるせいかしら…、失われた指も脳の障害もここに出てくる全ての不幸も、奇蹟を奇蹟として成立させるための記号のようにしか思えないのです…。脳の長い説明よりも、失意にある人々の心をもっと克明に描いて欲しかったと思います。
なぜか、和久井映見の主演した『ピュア』というテレビドラマを思い出してしまいました。なんか臭いが似てるんだよな…。

  藤本 有紀
  評価:B
   留学中の発砲事件で左薬指を失いピアニストとしての将来を閉ざされた如月、言語活動を担う脳の一部に障害のある千織、療養センターの患者たち、子供を産めない真理子、挿話として聴力を失いつつあるベートーベン。理不尽な運命背負う登場人物たちに慈悲深く向けられた視線が涙を誘い、映画『ゴースト』のようなファンタジックな展開でぐいぐい読ませる。『このミス』大賞と賞金1200万円を受ける価値ある佳作だ。
脳の研究や治療の限界、患者と家族のおかれた状況などには理解の深さが感じられるが、真理子や倉野の長科白という方法で書かれている部分には疑問。また、作者が音楽に造詣があることをうかがわせつつも、楽曲や音楽史についてのあっさりし過ぎた描写にはうやや不満だ。ばーんと風呂敷きを広げればいいというものではないだろうが、読者はフィクションからもうんちくを貯めるものだということを知っていてほしい。

  和田 啓
  評価:B
   心とはどこにあるのか?一度も考えたことのない人はいないはずだ。脳の中か、脳以外の身体のどこか、さもなければ目に見えない空気中にそれはあるのだろうか。
 知的障害者を娘にした、かつて将来を嘱望された天才ピアニストは、ある劇的な体験を通じこう考えるようになる。−心という言葉で表現されるものの正体は、肉体を離れて存在するのではないか、と。
 ピアノの調べのまま、人間の心情を琴にし楽章のように仕上げた作品である。主旋律に乗ってモチーフが昇華されていく。医学、心理学、音楽…が巧みなタペストリーを編み、テーマは宗教的な高みにまで達している。
 答えはいつも風に吹かれてるって、歌った人がいたね。