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勝手に目利き
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もっと、わたしを
もっと、わたしを
【幻冬舎】
平安寿子
定価 1,680円(税込)
2004/1
ISBN-4344004663
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  川合 泉
  評価:B
   OLの共感を呼ぶこと間違いなしの一冊。五作それぞれの登場人物が、どこかで交錯する、短編連作小説。しかし目につくのはこの小説に出てくる男達のか弱さ。二股をかけてはいるものの、ただ女のいいように扱われている真佐彦。いつでも成り行き任せの正太。頼み事をされたら断れず、ついには借金の保証人まで引き受けた伸人などなど。「しっかりせんかい」と言いたくなる男が目白押し。それに引き換え、女は強い。今話題の「負け犬」を地でいく三十代・未婚・子なしの理佳、美人だが幸せを掴めない絵真、男に媚びを売りながら必死で息子を育てるカーコ。彼女達は幸せとは言えないが、したたかに強く生きている。まさに今、世は「弱男強女」。そう、この小説に出てくる人物たちは、現実世界にいてもおかしくないくらいリアリティーに溢れているのだ。

 
  桑島 まさき
  評価:B
   2人の女に詰め寄られ絶体絶命なのに決断できず、トイレに閉じ込められ、女たちが争うのを見て至福の時、と感じるオメデタイ優柔不断の男を描いた「いけないあなた」他4篇を収めた短篇集。
 優柔不断、プライド高すぎ、なりゆき任せ、自意識過剰、自己チュー…いづれも私の周囲にウヨウヨいるがあまり近づきたくない。しかし本短篇集に描かれている主人公たちの「らしさ」に触れ、生来のクセありの性格や華やかな容貌と向き合う彼等の生まれ出ずる悩みを知り、親近感を覚え理解してあげたいな〜という大らかな気分になれた。
 なかでも「愛はちょっとだけ」は、この手のヒロインが身近にいるだけにググッーときた。華美で遊び人的印象をもたれるために、虚勢をはって生きてきた絵真が自分を肯定的に捉え前向きな解答をだしていく結末がイイ。人の数だけ悩みがある。もっと「わたし」を知って(理解して)欲しいと思うなら、やはり、ありのままの自分をだすことだろうなー。自分を曝け出すのは、自分を表現できる能力であり強さだということを、案外、人は知らない。

 
  藤井 貴志
  評価:A
   何もかもがいい加減で中途半端な5人の男女を描いた連作短編集。いずれの主人公も、一見すると非常に軽い印象だが、著者の筆はそんな「いまどきの男女」の表面的な部分だけでなく、さらにそこから数段深い部分にまで届いており、そのためか主人公たちに「おいおい、いい加減にしろよ……」と苦笑しながらも、やがては「頑張れ!」とエールをおくりたくもなる。テレビでフリーターやホームレスの人たちに密着した(ちょっと泣かせ系の)ドキュメント番組があるけれど、本書の読後感はその手の番組を見たときの気分に似ているかも。世間から見える表面的な部分の裏にある「誰もがもっている弱さ」が丁寧に書かれているため、普段なら「いまどきの人は……」と切って捨てるような読み手もつい感情移入させられるのだろう。
連作短編集ということで、読み進むうちにそれぞれのドラマが少しずつつながって「大きな物語」の全体像が徐々に見えてくるのも物語の広がりが感じられて気持ちよかった。

 
  古幡 瑞穂
  評価:B+
   連作小説というより、リレー小説と呼ぶ方がしっくり来ます。そしてそのバトンの渡し方も気がきいていて、憎いばかり。平安寿子さんには毎回唸らせられつつ、打ちのめされっぱなしです。出てくる人出てくる人とんでもない人ばかりで、イライラさせられたりニヤリとさせられたりしながら読み進みました。途中まではそれで良かったんです。ところがハタと気づいた瞬間がありました。「これってもしかして私のこと!?」
 まるで悪意があるんじゃないかと思うほど、デフォルメされていますが、この人物を形成する要素の一片には絶対私のDNAが入っているに違いない…そう思ってしまうような人物がそこかしこに見られるのです。多分誰が読んでもそれは一緒でしょう。そしてそう思わせてしまうのがこの作者の凄いところ。
 人前で欠点を指摘されたような気恥ずかしさと悔しさがつきまといますが、この主人公たちはそれをはねのけるような強さを見せてくれます。だから読んでいる私もちょっとだけ前向きな気分になれるのです。

 
  松井 ゆかり
  評価:B
   あー、すかっとした(「幻夜」の後に読んだからよけいだ)。
 恋愛や仕事に悩む不器用な人々の物語。一見、何げない話を何げなく書いているようにみえる。しかしほんとにそうだったら、読んだ人間の心に何も残らないだろう。設定の妙、というのはもちろんあるが(二股がばれていきなり恋人にトイレに閉じ込められる男、数々の合コンを取り仕切る女、御曹子との再婚を狙うシングルマザーなどなど…)、やはり文章がうまいのか。ありのままの自分でいいんだと(投げやりにではなく)、何やらやる気になってくる小説だ。
 ところで、小説の中身とはまるで関係ないのだが、私は作者の名前を「へいあん・ひさこ」だと思い込んでいた。「たいら・あずこ」なのか…。この文章を読んでどなたか「あっ、自分も」という気持ちを共有できないかと、恥を忍んで書いてみた次第である。

 
  松田 美樹
  評価:AA
   いいなあ、真佐彦くん。優柔不断なこんな奴が、実際に周りにいたら張り倒したくなるかもしれないけど(友達が真佐彦くんと付き合おうかと思ってるって相談してきたら、必ず止めるぞ)、自分に害が及ばない限り「愛い奴め」と思えるキャラクターだ。30過ぎで独身、美人でしっかり者の理佳の悪口(「男を退かせるタイプの女」)を聞いて、彼女の名誉挽回のために自分には高嶺の花と思いつつも告白する真佐彦くん。何だか理論が通ってるんだか何だか分かりませんが、彼のとぼけた行動は憎めない。女性に夢を持っているところとか、「好き」って言われると断れない性格とか。うーん、困ったちゃんだけど、憎めないぞ真佐彦くん。
 少しずつ登場人物が重なる5つの連作短編集で、真佐彦くんが登場する「いけないあなた」に1番笑わされました。最後の「涙を飾って」にも彼はちらりと出てきますが、そこでは少しだけかっこよく思える場面もあります。

 
  三浦 英崇
  評価:B
   人は皆、自分自身の人生の主人公であることは確かですが、他者の人生の脇役、端役をも同時にこなしていることに気付くことはなかなかないものです。
 この一連の作品群を読んで、つくづく感じたのは、私自身もまた、今まで関わってきたたくさんの人々――その大部分は記憶にも残らないような一瞬のすれ違いかもしれないけど――にとっていろんな役を振られてきたんだろうなあ、ということでした。
 前の話では一瞬だけしか出てこない人々も、自分が主人公となったとたんに、世界に対して「もっと、わたしを(見て、構って、相手にして、愛して……)」と、声高らかに主張する、その姿を見るにつけ「この世には脇役だけしかやれない人生なんてないんだ」という、ごく当たり前だけど、生きてゆく上で、力強い後押しを得たような気がしました。そしてまた、他者の人生にとって、いい脇役、端役でありたいなあ、とも思いました。