年別
月別
勝手に目利き
単行本班
文庫本班

ぼくのキャノン
ぼくのキャノン
【文藝春秋】
池上永一
定価 1,600円(税込)
2003/12
ISBN-4163224300
商品を購入する
>> Amazon.co.jp
>> 本やタウン

 
  川合 泉
  評価:B
   沖縄の架空の村を舞台にした物語。キャノン砲台を崇め、村を治めるマカト。その孫達の視点を中心に村の秘密に迫っていく。そしてその背景には、五十年以上前の沖縄戦が深く関わっていた。
沖縄戦をテーマにしていますが、時代設定が現代であり、子供たちを中心に据えて描かれているので軽く入っていくことが出来ます。少年達の成長もこの小説の大きなテーマであると感じました。マカト、樹王、チヨを中心に、マカト直属の男衆、寿隊という構成で出来ている村はまるで一つのクニのよう。こういった村の構造も見所でした。ただ、寿隊の「コトブキ(ハートマーク)」の決め台詞と、村の開発を企む紫織のブランド物でもなんでもぽいぽい捨てる性格は、少し浮いているように感じました。

 
  古幡 瑞穂
  評価:B
   沖縄のとある村のお話。この村、普通の自治体では考えられないくらいに栄えているんだけど、オバァとオジィが超法規的な力でそれを維持してるんです。その秘密と隠された哀しい過去+未来が見える、そんなお話。
 確かに、沖縄戦を描いたものとしては非常に面白いしインパクトがあります。しかも、笑いも涙もちゃんとうまく混ぜ込まれている作風は池上さんならではのもの。あくまでファンタジーだから毒々しくならないところもいいところでした。ただ、なんだか不完全燃焼感が残るのです。なんでだろう…?中盤に特に勢いがあってぐぐっと引き込まれたのですが、その勢いが上手く続いていかなかったような気がします。老人たちのキャラクターがとてもわかりやすくしっかり描かれていたのに比べて、敵役たちの描写が足りなかったのかもしれません。沢山出てきた興味深い小道具が一部無駄になってしまったところも少し残念。
 とはいえ、これを読んで「沖縄に行きたい!」と思わされるようなエネルギーに満ちた作品でした。今年の夏こそ沖縄旅行したいなー。

 
  松井 ゆかり
  評価:B
   自分が沖縄に初めて関心を向けたときのことを、なぜかはっきりと覚えている。小学校高学年だったと思うが、社会科で都道府県庁の所在地を暗記していたときのことだ。宿題をしながら母に向かって「1都1道2府43県もあるんだね」と言ったら、「43?…ああ、沖縄も数えるんだもんね」という答えが返ってきた。“沖縄も”って?
 それから20数年、沖縄をめぐる歴史を少しずつ知るようになったけれど、まだまだ十分な知識とは言い難い。しかし自分の勉強不足を棚に上げて言ってしまえば、沖縄から生まれる文化が、その歴史に縛られることなく、そのものの魅力によって評価されるのが当たり前になればいいと思う。
 この「ぼくのキャノン」もまさに沖縄戦が重要な題材となっているけれども、主人公雄太は「…何でもかんでもアメリカのせいにするのは納得がいかない。復興したら忘れるべきだ」と思い、博志は「戦争を忘れないことと怒り続けることは同じじゃない」と叫ぶ。歴史の重みを否定するつもりは全くない。が、沖縄に限らず世界中の人々が、過去の恨みや偏見による差別や宗教などの違いによる憎悪といったものから、完全に解放されて生きることができたらいいと願っている。この本は、希望がいつかは現実になるかもしれないと感じさせてくれる一冊だった。

 
  松田 美樹
  評価:B
   タイトルだけ見せて、これって何の話だ?という質問があったら、この本のストーリーを予測することって100%無理だと思う。かく言う私も素直にカメラの話かと思いました。でも、そんな予想をして読み始めると、出だしから裏切られます。「今、砲台が正午を告げた」。砲台?何だ?という衝撃を受けながら読み進めることになります。実はこの砲台が主人公と言ってもいい話。沖縄の小さな島で、砲台を神とあがめることで、戦後の島民を統治してきたマカト、樹王、チヨの3人。島の秘密を守るため、人生を投げ打ってきた3人ですが、次第にその秘密が暴露されていきます。
 作者は、沖縄戦について、もっともっと深刻で暗い話にもできるはずを、馬鹿馬鹿しさをも漂わせる雰囲気を持たせて書き上げています。沖縄戦を自分の中で消化して、物語としてこの作品をぽんと吐き出した作者は、とても優れたストーリーテラーです。他の作品がとても読みたくなりました。

 
  三浦 英崇
  評価:A
   豊かに栄える常夏の楽園。その中央にある小高い丘から、村の繁栄を見守っているのは「キャノン様」――旧日本軍が据えつけた九六式十五センチカノン砲。この作品は、人の命を奪うことに特化された兵器が、神になるに至った過程を描く、現代の神話です。
 もちろん、「現代の」神話ですので、起こる奇跡にはしばしばタネがつきものです。煮ても焼いても食えないようなオジィ、オバァたちが、知恵と財産をフル稼働して築き上げた島の平和。彼らが、しばしば悪辣な手を打ちながらも、守り続けなければならなかった島が、どういう意味を持つのかが明らかになった時、心ある者ならば誰でも、そこにある真摯な思いの尊さに打たれ、「キャノン様」に神聖な存在を見い出すことでしょう。
 最近、この国もキナくさい雰囲気が蔓延してますが、平和を維持し続けることがいかに困難であるかを考えるのに格好の作品だと思います。考えるべき人たちは、なかなか本も読まないでしょうけど。