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勝手に目利き
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生まれる森
生まれる森
【講談社】
島本理生
定価 1,365円(税込)
2004/1
ISBN-4062122065
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  川合 泉
  評価:B
   始めから終わりまで一定のリズムでお話が進んでいく。なにげない描写にも、とても気を遣って描かれている。ストーリーの展開以上に、一文一文の言葉を大切に描いている作品だと感じた。失った過去の恋を振り切れずにいる「わたし」の感情は「決壊したダムの水みたいにあふれ出」すが、鬱蒼とした森の中を、迷いながらも自分の意志で進み始めたとき、新しい恋の予感という一筋の光がみえてくる。その時少女は次の段階へと進むことができるのだ。一人の少女の再生の物語。多くの人が抱いたことのある感情を作者独特の感性で綴っている。
往復の通勤・通学電車の中でさっと読めてしまえるぐらいの長さです。是非、あの頃感じた想いを、今悩んでいる感情をこの小説を読んで昇華させて下さい。

 
  桑島 まさき
  評価:B
   83年生まれの著者は、弱冠21歳。そして本作は第130回芥川賞の候補にあがった。
 未熟な世代の恋の切ない感情が無駄のない文章によって描かれている。大人の男(女)に恋することで、つりあいがとれないために背伸びし、精神の均衡を保とうとする若い恋の息苦しさは、経験済みの者なら理解できるだろう。ましてそれが初めての恋だけに、失った恋の痛みから立ち直れない失意の深さがひしひしと伝わってくる。だが、ヒロインが静かに徐々に、再生していく姿が嬉しい。
 それは恋だったのかパッションの発露だったのかもわからない。若い恋とはとかくそんなものだ。しかし時間が自然に答えをだしてくれる。ゆるやかな河の流れのように、その自然な意識の流れを、著者は繊細な筆致で表現する。巧い作家だ! 恋にとまどうヒロインは、少女から大人へと、いつ、どこで、境界線をこえたかわからないほど自然に、変容する。そう、これは少女時代の終焉をさりげなく描いた作品なのだ。少女時代のピュアな感情をふと思い出してしまった!

 
  藤井 貴志
  評価:C
   いろいろなところで、少しずつ「残念……」と感じてしまった。物語上で重要な役割を果たすキクちゃんはやや強引に存在感を増していく(もうちょっとこのキクちゃん自身を丁寧に描いてもよかったのでは?)し、主人公が経験する妊娠〜中絶といった女性の一生を左右してもおかしくない重いエピソードについてほとんど語られていないなど、ディテールの落としこみ加減とプロット上でのバランス配分には違和感を覚えた。淡々としているように見える文体にも、心を揺さぶられることはなかった。もし仮に、この「さりげなさ」が著者の持ち味だとしても、それはまだ「名人芸」と呼べるものではない気がする。
ただ一方で、小説に重々しさを求めずに、こうした(いい意味での)「頼りなさ加減」が好きだという読み手もいるだろうと感じたのは、著者の語りが確かなことの証明なんだろうなと思った。

 
  古幡 瑞穂
  評価:A
   「りさたん萌え〜」とか「りおたん萌え」とか、作家萌えという変な文化が出来ていています。出版業界もずいぶん変わってきたもんですな…そんな文化の一角をなしている作家さんなので、これまでは今ひとつ手にとりづらかったのですが……いいじゃん!
 この時期特有の倦怠感や、やるせなさ。子どもの恋から脱して、大人の恋に身を染めていく時代。そんな複雑な心境を静謐な言葉で書いてあることに好感を持ちました。キクちゃんとの友達関係も適度な温度でいいです。ちょうど並行して『蹴りたい背中』を読んだのだけれど、より感情的既視感が強かったのはこちらでした。人に伝えたいと思う感情を、話し言葉に逃げることなく丁寧に書いてあるところも良かったですね。本を包み込む挿画がミヒャエル・ゾーヴァのものなのですが、これがまた内容とマッチしていて気に入ってます。
 でもやっぱり堕胎の事は軽く書きすぎですね。そこをもうちょっと細かく書いていれば、主人公の顔がよりはっきりと浮かび上がってきたかなぁ。

 
  松井 ゆかり
  評価:B
   この小説は第130回芥川賞の候補となりながらも、残念ながら受賞はならなかった。結局綿矢りささん・金原ひとみさんの両名が同時受賞者となられたことは、みなさんのご記憶にも新しいことと思う。
 私などに文学をどうこう語る資格などはないのだが、もし自分が選考委員だったらこの「生まれる森」を推していただろうという気がする。綿矢・金原作品はどちらもその題材の斬新さに負うところが大きかったように思われる(もちろん、それを小説として書き上げるための才能がなければお話にならないわけだが)。しかしこの作品はいわゆる正統派といっていいだろう。設定自体には特に目新しさはないけれども、島本さんの端正な文章によって、凛とした透明感のある小説になっていると思う。
 同じく島本さんの「シルエット」を読んだときには、主人公の異性との距離の取り方があまり好ましく思えなかった(そういう意味では綿矢作品に好感を持っている)。しかし、「生まれる森」の主人公と雪生の距離感はいいと思う。今後どういう作品を書いていかれるのか、とても気になる作家である。

 
  松田 美樹
  評価:B
   高3の時に、塾の講師で既婚者のサイトウさんと付き合い、結局別れたものの、大学生となってもどうしてもその恋から抜け出せないでいる主人公。そんな過去の恋に執着する彼女の心を、高校の同級生・キクちゃんやその兄・雪生さんが緩やかに解き放していきます。
 一般的に、男は女よりも女々しいと言われていますよね。別れても、ずっと相手のことを忘れられずにいるのは男の方だと。でも、どっぷり人と付き合って深みにはまると、それって男だろうと女だろうとそこから抜け出すのは至難の技。それは回数を重ねたって同じこと。経験では、時間が経てば少しは楽になれることはわかるけれど、だからってそれは何の助けにもなりません。しかもこの主人公はまだ経験が浅い。ざっくりと心を切り裂かれています。心が痛い時って、周りから見ると確かにこんな感じなんだろうなあというリアルな切なさが感じられました。同じ境遇の時にこの本を読むと、すこーしだけど光が見えてくるかもしれません。

 
  三浦 英崇
  評価:C
   物事にケリをつけるのって、なかなか難しいですよね。ことに、生まれて初めての本当の恋が終わってしまったことを、自分の中で納得のいく形に収めるのには時間がかかります。身に覚えは無いですけど。無いと言うことにしておきましょうね。
 さて、この作品。別れた相手を思い出しては、心の傷が痛んでじたばたしてるのに、傍目から非常に分かりにくい、という損な性格の主人公が、恋を思い出に変えるまでの姿を描いています。振り返ってみれば皆いい思い出、にしてしまうには、主人公はまだあまりにも若く、読んでるこっちは痛々しくて、もう見てらんねえなっ、と思います。でも、きっと、自分自身で折り合いをつけて行かない限り、彼女は新たな人生を生き直すことができないからなあ。
 今ではもう、こんなに純粋な恋なんて絶対できないんだろうなあ、と、汚れちまった悲しみに浸りつつ読み終えました。