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勝手に目利き
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やんぐとれいん
やんぐとれいん
【文藝春秋】
西田俊也
定価 1,750円(税込)
2004/1
ISBN-4163225307
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  川合 泉
  評価:B
   32歳の同窓会は、5日間の青春18切符の旅。目的地は未定。参加者6人それぞれが、胸に秘めた思いを持ちながら、決して皆の前ではそれをあかさない。同窓会はいわばポーカーゲーム。自慢できる経歴を盾に、相手の現状を探る。そしてなにより、どんなに弱い札を持っていたとしても、周りにその事を悟られてはいけない。そんな人間心理を題材にして書かれている。だからといって、ドロドロしている訳でもなく、突拍子もないことも起こらない。鈍行列車の中で、立ち寄った土地で、6人が現在置かれている立場を垣間見せながら、旅は続いていく。死を思う者、会社における自分の立場を思う者、夫との関係を思う者。最後に6人は、それぞれの悩みとどう向き合うのか。同じ学び舎を巣立っても、その後の人生は全く違う。そんな当たり前のことに、気付かされた作品。

 
  桑島 まさき
  評価:C
   30歳半ばより母校の同窓会事務局に携わり同窓会と深く関わっている私としては、心情的に懐古的になることはもはやない。毎回、企画をたて、同窓生に連絡をとり、煩雑な用事におわれているとそんな暇はない。しかし、本作をよんで同窓会に出てみようかな〜と、ふと考え同窓会の扉を初めて開いた時の気持ちを懐かしく思い出した。
 集合場所は母校のあった駅の改札口、青春18きっぷでの旅、行き先は未定、なんてイキな計らいではないか。しかも各章ごとに同窓会へ向かう語り手が変わり、それぞれの想いを語っていく。実は、行き先なんてないのだ。行き先は過去であり未来だ。同窓会という〈過去〉へスリップすることによって、若さゆえに見落としていた発見や真実と向き合い、新たに〈未来〉へと帰っていくものなのだ。つっ走るばかりは疲れるので、たまには途中下車して同窓会に出よう。
 32歳という設定はイケない。晩婚化が進んでいる現在、この年齢にある人々は、概して現実の生活にどっぷり浸かっていて同窓会どころではない。35歳位がイイ。青春の1年が大きかったように、人生現役にいる人たちにとって、1年は大きな意味を持つものだ。

 
  古幡 瑞穂
  評価:B
   青春18きっぷであてのない旅に出るというちょっと変わった同窓会。この設定だけでドキドキします。
 32歳にもなれば、みんな人生でそこそこの経験を積んでくるものだろうけど、今回集まったメンバーは中でも複雑な事情を抱えている模様。章ごとに語り手を変えることで、旅の光景の中で参加者の人生がクロスしていきます。ところが、お互いの傷をなめあうような雰囲気があまりなく、本当に淡々と旅と語りが進むのでとても不思議な感じでした。
 確かにそこそこ良かったんだけど、インパクトに欠けるなぁというのが正直な感想です。でもこの淡々とした空気には癒し効果がありそうな気がします。同窓会の幹事になって、企画に頭を悩ませたら読んでみたい1冊。でも真似をすると痛い目を見るかもしれません。

 
  松井 ゆかり
  評価:B
   自分自身はたいへんに地味な学生生活を送ったため、同窓会というものにほとんど全く縁がない(行われているのかどうかも知らない)。しかし、あるいはそれゆえに、小説などに描かれる同窓会ものは割と好きだ。
 率直に言ってすごく完成された作品という感じではないが(6人+αの同級生たちが入れ替わりで語り手になるのだが、散漫な印象を与えてしまっている気がする)、その器用さに走らない空気が味わい深さにつながっていると思う。
 同級生たちが広島の原爆ドームを訪れるシーンがある。下手をすると、物語の中で浮いてしまうおそれのある場面だ。しかし、きっと西田さんは書きたくて書かれた部分であるように思われる。避けて通ることはいくらでも可能な「戦争」について書こうという姿勢に好感が持てた。

 
  松田 美樹
  評価:B
   青春18切符で目的を決めずに旅をする高校時代の同窓会。そんな風変わりな旅に集まった6人の、それぞれに抱える問題が旅を通して明らかになっていきます。 同級生の、過去に同じ空間にいたというだけで生まれる妙な連帯感と根拠のない信頼性。必ずしも気が合う訳ではないのに、同じ時間を共有してきたというだけで、同級生とは何故か分かち合えるものがあるような、そんな関係が上手く描かれてます。31歳の私は、登場人物たちが32歳ということで親近感を覚え、彼らが成長してきた時代とも重なるので、すんなりこの世界に入れました。
 最後の夜に、みんなで秘密を言い合う(でも、真実は誰も語らない)場面がせつないです。高校生の頃なら「実はA君が好きなの」なんて気持ちを白状していたかもしれない場面ですが、月日が流れて、解決できない問題をそれぞれに秘めた彼らは、簡単にはそれを口にできない。一緒に旅しているものの、そんな微妙な心の繋がりがせつなかった。

 
  三浦 英崇
  評価:A
   私は、この作品の登場人物たちと同い年です(学年は、一つ上になるのかな)。同じ時代を生き、同じ物事を見聞きして、同じ空気を吸ってきた者に対する気楽さもあって、青春18きっぷであてのない旅に出る、という風変わりな同窓会の、第7の参加者となりきって旅をしてしまいました。
 私自身が、現在、人生の岐路に立っている自覚があるので、彼らが背負いこんで、旅の出発点にひとまず置き去りにしてきた悩みのそれぞれの重さも、他人事とは思えませんでした。
「社会人でござい」と看板立てて、はや十年が経ちますが、自分は高校を卒業したあの日から、どれくらい大人になれたんだろうか、と思うこともしばしばです。作品中に挙げられていた「大人になる」ために一番大切なことを頭に置いて、今後の進路を考えなきゃ。何が大切なのかは、これから読む方のために伏せておきます。
 ひと段落ついたら、あてのない旅に出るのもいいなあ。