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下山事件
下山事件
【新潮社】
森達也
定価 1,680円(税込)
2004/2
ISBN-4104662011
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  川合 泉
  評価:A
   戦後すぐに初代国鉄総裁が謎の轢死を遂げた下山事件の真実を、綿密な取材と作者自身の思いを織り込みながら迫っていくルポルタージュ。触れてはいけない闇を突き進んでいく作者の行動を追っていくうちに、自分自身この事件の真相を知ってしまったら誰かに付け狙われてしまうんじゃないだろうかと、読みながらも背後が気になって仕方なかった。このリアルな恐怖はフィクションではなかなか味わえないものだと思う。そして、この本のもう一つのテーマはマスコミ業界に対する問題提起だろう。結局は視聴率、利益を優先しなければならないテレビ、週刊誌等と作者との見解の違い、この世紀のスクープを誰が「書く」のかという問題。これらの事がかなり本音で描かれている。
下山事件について全く知らない人でも、これを読めば「下山病」に罹らずにはいられなくなる。単語としてしか覚えていなかったこの事件が、大きな闇を抱え現在でも密かにくすぶっていることを知り、歴史というものの重さをもう一度考えさせられた。

 
  桑島 まさき
  評価:A
   戦後まもない1949年、初代国鉄総裁である下山定則が常磐線の線路上で轢死体で発見された。この「下山事件」が起きた同年、「三鷹事件」「松川事件」という謎めいた事件が奇しくも起きている。著者は、迷宮入りした歴史的事件を執念深く精緻に検証していく。事件発生当時、まだ生まれていなかった著書にとって、この封印された事件の解明に挑むことは歴史の扉をこじあけることでもある。
 しかし、著者の試みは単に事実を暴露することにあるのではなく、「知った事実を素材にして、そこから何を自分が感知するのかが重要なのだ」と説く。歴史の闇に埋れた「事件」を今更解明したとて日本は変わりはしない。変わることができるとしたら、歴史(過去)から何かを教訓にして過ちを繰りかえさないようにすることだ。
 昔のことなのでジグゾーパズルのピースは完全には埋まらない。しかし、説得力のある検証は「下山事件」が及ぼしたこの国の行方を力強く示している。骨のあるノンフィクションだ。

 
  藤井 貴志
  評価:A
   当時は大事件だった「下山事件」について、実のところ僕はほとんど知らない。せいぜいテレビの特番などで「ミステリアスな事件」として扱われているのを見たことがある程度で、まったく知らないと言ってもいい。本書にはそんな「下山を知らない世代」の読み手をも説き伏せる腕力がある。
国鉄初代総裁が列車に轢かれて謎の死を遂げた「下山事件」。前日に発表した職員大量解雇への恨みによる他殺か、それを苦にしての自殺か、あるいは、もっと巨大な権力組織が絡んでいるのか……、謎を追う者を惹きつけて放さないというこの事件は、多くのジャーナリストを「下山病」という伝染病に感染させるという。本書では、著者が井筒監督を通じて偶然この事件に出逢い、下山病にどっぷり冒されていく過程がリアルに(少なくともありがちな「仮名」という断りはない)描かれている。緻密な取材で集めたエピソードはこの事件の像を浮き上がらせるが、同時に取材の過程そのものにも波瀾万丈なドラマ性がある。GHQ幹部や政府要人、地方の名士といった大物が次々と登場し、その彼らへの取材時は文字通り「真剣勝負」である(本当に「文字通り」であることは本書を読めばわかるはず)。ようやく信頼関係を築けた取材対象を裏切らなければならなくなる場面では、僕も当事者であるかのように苦悶させられた。著者の筆により、さらに「下山病」が蔓延するだろう。

 
  古幡 瑞穂
  評価:C
   戦後史の大きな謎、と言われる下山事件。名前くらいは聞いていましたが詳細を知ったのはこれが初めてでした。事件関係者の縁者を紹介されたことで、著者はこの事件に足を踏み入れます。概して未解決事件というのは人を必要以上に魅了するものですが、森さんが下山事件に引きずり込まれていく過程が興味深く描かれます。並行して、下山事件の概要と残された謎が明らかにされ、口を閉ざしたがる事件関係者への果敢なるアタックなどが織り込まれつつ、盛り上がりを迎えます。
 一方、事件を追うためのスポンサーや、仲間との確執、同じく下山事件をとりあげた『葬られた夏』についての裏話も書かれます。これが他のルポとの大きな違いでしょう。ただ、この葛藤とセンチメンタリズムが入ってしまったことで読みものとしての面白さが出た反面、肝心の事件の話が煙に巻かれてしまった感があるのが残念です。でももしかしたら、この人が書きたかったのは真相でなく、ジャーナリズムがどうあるべきか?という投げかけなのかもしれませんね。

 
  松井 ゆかり
  評価:B
   下山事件のことを初めて知ったのは、中学の歴史の授業でだった。いつもにこにこと柔和な笑顔で授業をされていた社会科の先生は、生徒から好感を持たれていたがすごく印象に残る教師という感じでもなかった。しかし、私は最近よくその先生のことを思い出す。
 いまにして思えば、割とよく近現代のことを教えてくださったと思う(近現代の歴史は通常の授業時間内ではカバーしきれず、省略されたりプリントを配って済ませたりすることが多いようだ)。その当時は気づかなかったが、穏やかな口調ながら、無益な戦争や不当な圧力といったものをとても憎んでおられたのだろう。
 下山事件も戦後復興の混乱の中で起きた悲劇のひとつだ。いったい何がほんとうに起こったのかを隠蔽するため歪められる真実と、下山事件を追ってしかし追いきれない人々の無念が胸を打つ。先生もこの本を読んでおられるだろうか。

 
  三浦 英崇
  評価:C
   1949年7月6日、初代国鉄総裁・下山定則の轢断死体が発見される。自殺か? 他殺か? 意見の分かれる中、うやむやのうちに自殺と断定され、真相は戦後史の闇の中に消えた……
 この作品は、事件後五十年もの間、幾度となく行われてきた「下山事件」の真相究明に、オウム真理教ドキュメンタリー映画「A」の監督が、まるで憑かれたかのように熱中してゆく過程を描いています。事件の謎そのものも非常に知的興味を喚起しますが、それ以上に、事件を追う人々についての、ドキュメンタリー映画的な描写の力強さに心惹かれます。
 TV、映画、週刊誌など、さまざまな媒体と組んで、事件の真相にたどり着こうとする著者。しかし、関わる人々が増えるほど、各々の思惑の衝突や齟齬が生じ、ついには決裂する。何度もそれを繰り返しながら、それでも執念深く真実を追い求める著者の姿には、まさに「下山病」と呼ぶしかない、一種危うげな熱気が感じられます。