年別
月別
勝手に目利き
単行本班
文庫本班

夜の果てまで
夜の果てまで
【角川文庫】
盛田隆二
定価 780円(税込)
2004/2
ISBN-4043743017

  岩井 麻衣子
  評価:B
   「若い人ってみんなそうなの?……二日間で五回もやるみたいな」と潤んだ目で言う33歳の人妻。そんな彼女に腰砕けになる大学生。二人が全てを捨て愛を選ぶ物語である。二人の障害の多い関係を浮かび上がらせる周りの人々の描写がうまい。人妻の家族、特に義理の息子の苦悩は手にとるようにわかるし、逃亡先で出会うスリ夫婦の絶望と愛の形が二人の未来を暗示するように思える。しかし、どうにもこの人妻が全てを捨てるほどの魅力をもっているとは思えない。大学生を落とす手口もぶりぶりだ。「大丈夫、一人で生きていけるから」といいながら、唇をかみ、一筋の涙を流すような感じである。大学生が仕事にでた後、ノブカバーや鍋つかみを作り一人の時間をつぶしたりする。男が帰宅すると何かしら細いものが増えていくのに気づく寸法だ。何故こんな手に騙されるのだ!人妻が大学生を逃がさないように、ラストに禁じ手をぶちかます。それはあかんやろ、人妻。「眼を覚ませ、大学生!」と叫ばずにはいられない。

  斉藤 明暢
  評価:B
   本の腰巻きにかかれた佐藤正午さんの文章が、あまりにふるっているので、なんと書き出したらよいかわからなくなってしまった。
 作品の舞台は現代だけど、そのまま江戸時代の設定で書き直されても、さほど違和感は感じないだろう。そのくらい普遍的というか、大抵の人は身に覚えのある感情を描いているのだけれど、とにかく切ない。考えようによってはハッピーエンドでさえあるのかもしれないが、どうも悲壮感漂うというか、壊れるとわかっている何かを見守っているような気分になるのだ。
 もっとも、第三者の目線で人生を観察なんかされてたら、大抵の人は危なっかしくて、とても上手くいくとは思えない道を進んでるように見えるのかもしれない。
 そんな話だった。

  竹本 紗梨
  評価:C
   これだけ引っ張ったのに…、読み終えたときは力が抜けてしまった。誰からも認められない恋、やっと出会えたふたり、そんな物語なので同じような恋愛をしていたらとてつもなくハマってしまいそう。だけどそんな恋愛は今していないので、ゴメンなさい、ひっかかりなく読んでしまいました。M&Mチョコレートや新聞社の就職試験、数学の授業に鹿児島弁、そんな細かいディテール・エピソードは魅力的なのに、ふたりの気持ちの高まりにどうにも感情移入できなかった。滅びの美学みたいなものを期待してしまったせいか、その生活感が、生々しかった。「夜の果てまで」行ってしまう理由は書き尽くされている。現在進行形で苦しい恋愛をしている人にはオススメです。

  平野 敬三
  評価:B+
   個人的にこのラストは貫井徳郎の『慟哭』級の衝撃を受けた。恋愛小説というほとんど古典芸能のような世界で、こういう鮮やかな技を繰り出せる作家はそうはいない。とはいっても、読み終わった瞬間に「おおっ!」というのではなく、徐々に徐々に衝撃が込み上げてくる、そういう作品なのである(そういうのは衝撃とは言わないような気もするが)。とにかくナイーブな登場人物たち(特に正太)の減らず口にほんわかさせられる前半から一転、同じせりふでもまったく雰囲気が違ってしまうほど息苦しい後半までの流れが見事。卒業間近の学生と人妻が駆け落ちするという、いかにも小説的な設定をいちいちリアルに描いていくことで、ふたりの恋模様をグロテスクなファンタジーとして読者に提示する。自分が恋人といま一緒にいるのは、「一緒にいたい」からではなく「いまさら別れられない」からだ。そういうことはままある。その「いまさら」という状況を次々と築き上げていく作者の周到さが憎い。切ない、ではなく、「息苦しい」この恋愛劇は、「ラストのその先」を想像することでもっと救いようのない話になる。しかしそこで得られる余韻は、決してどんより曇ったものではないはずだ。

  藤本 有紀
  評価:B
   ろくにかぎをかけない部屋、コンビニの深夜バイト、セミナー、内々定、内定、留守電、AVに学んだ彼女とのセックス……。主人公・俊介に関することを拾ってみたが、'90年ごろの大学生ってだいたいこれに似たりよったりのものに囲まれていたと思う。豆をひいてコーヒーを入れたり、折り畳み傘を持っていたりと平均以上に地に足のついた印象すらある俊介に、卒業し就職する未来図は確実に描けていた。裕里子に出会うまでは。
 先のストーリーに触れてしまうが、「抱き合う、裸になる、布団に入る、互いに触る」ことで互いの不安を打ち消し合わなければならない状況が二人に訪れる。それでよけいに泣きたくなっても抱き合わずにはいられないという気持ちはとても切ないものだ。男性作家のほうが、こういう切なさをストレートに表現する傾向にあるのだろうか、この頃。
「二週間会わなかっただけでまた背が伸びたような気がする」といった俊介に「あんた、おばさん入ってるよ」と切り返す中学生・正太のおかげで、サブストーリーがメーンに負けない物語となっているのも特筆すべきことだろう。

  和田 啓
  評価:AA
   札幌の街の描写が素晴らしくいい。さっぽろ駅、大通り、中島公園、豊平川河川敷……。
北の大地で飲む夏の始まりを感じさせるビールの苦味、小樽での眩いファーストデートのシーン、女が気持ちを向けてくる息を呑む刹那、気持ちのそよぎが生き生きと心臓の鼓動のように伝わってくる。
 どうやらわたしもこの小説のヒロイン裕里子に恋してしまったようだ。時を同じくして白石一文の「一瞬の光」を読んだが、主人公が若い分だけより人生に切実なのだろう。本書の方がわたしの心には残った。
 恋は甘美なものではない。恋は切ないものだ。クロード・ルルーシュの逸品『男と女』を思い起こさせるラスト50Pの心理描写は圧巻。主人公俊介が迷いを断ち切り自分自身の人生を選びとる姿に感動。男には摩訶不思議なヒロインの女心の変遷に、だからこそ女性は魅力的なのだといいたい。
 ラストシーンには息が詰まった。泣けた。ビター・スイートながら爽やかな春風が通り抜けていくような小説。生涯忘れられない恋愛小説の傑作。