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幕末あどれさん
【PHP文庫】
松井今朝子
定価 980円(税込)
2004/2
ISBN-4569661092
>> Amazon.co.jp
>> 本やタウン
岩井 麻衣子
評価:A
黒船が来航した幕末から明治の世になるまで。それは確かに劇的な変化に満ちていたのだろう。フランス語で青年期の男子を表す「あどれさん」。本書は激動の時代に生きた二人のあどれさんの話しである。彼らは共に武家の次男に生まれた。家を持てるわけでもない。何も起らない江戸・徳川の世ではそれなりに生きていけたのだろうが、世は動き、二人もまた生きる道を自ら選ばなければならなくなる。一人は新しいものを受入れ、一人は古いものを守ろうとする。同じような立場にあった人間が、出会う人、もの、タイミングにより、全く違う人生に行きつくさまが、二人の選ぶ人生を通して描かれる。「昔はもう……戻りませぬ」つぶやく青年が気づいたことこそ、その後の人生を左右した真実だ。変わらないつもりでいても時間は過ぎていく。常に人生の岐路にたっていることを改めて気づかされた一冊だった。
斉藤 明暢
評価:B
「幕末あどれなりん」ではない。
幕末から明治にかけての時代を、熱く濃く暑苦しく駆け抜けた若者たちの恋と情熱とリビドーの物語かと、読み違えたタイトルから一瞬思ったけど、そういう話ではないのだ。いや、意外と合ってるのか?そう言えばあどれさん(adolescents)とアドレナリン(adrenaline)はちょっと似ている。いや違うか。
それはともかく、幕末から明治というと、ビジネス雑誌の大好きな活気と革新の息吹にあふれる時代みたいなイメージだが、きっと当時だって人はそれぞれ燃えていたりウジウジしたり汲々としたりしていたに違いないのだ。
主人公の宗八郎は、それほどダイナミックに行動するわけではなく、むしろ一歩引いて世相や人々の変化を眺めている。彼は多分、案内人なんだろう。けっこうモラトリアムっぽくて、前に進んでるようで実は流されている彼の目を通して、読者はこの時代を見ることになる。
宗八郎はその後どうしたのだろう、という思いもないではないが、それは大して重要ではないことなんだろうと思う。
竹本 紗梨
評価:B+
幕末の大きく変わる時代の中で、旧幕臣の人生は閉塞感・空しさに彩られている。武士の宗八郎は自分の若さを持て余し、何をどうしたいのか、どう生きたいのか分からない。そんなある日見た演芸で「世間の掟や義理や血のつながりを捨て、おのれの信ずるままに破滅の道をたどって短い命をまっとうする」そんな劇中の悪人に心惹かれる。ただ悪人にもなりきれず、武士の誇りも捨てきれない。自分が自分であることにもがいている。同じく武士で、がむしゃらに自分の思いを突き通す源之助。一瞬の関わりしかないこのふたりを取り巻く人間模様だ。愛情を欲しているのに、人の優しさを受けても素直には応えられない、どこまでも不器用な青春群像だ。読んでいて、息苦しいほどだ。大切なものを大切にする、それだけで人生は大丈夫なのかもしれない。宗八郎・源之助、それぞれのラストシーンを読んでそう思った。
平野 敬三
評価:B
時代小説にはぬるい小説とそうでない小説がある。ぬるいの代表格は池波正太郎、そうでないの方は山本周五郎だ。司馬遼太郎はその中間といったところか。山本周五郎のあの息苦しいまでの緊張感と比べると『剣客商売』のおっとりとした語り口はぬるい、としか言い様がない。とはいっても別にけなしているわけではなく、単純にひとつのスタイルにすぎないわけで、それを好むか好まぬかというだけの話である。
松井今朝子の著作を読むのは本書が初めてだが、これは明らかに「ぬるい」時代小説の部類だ。しかも長い。ちょっとした苦痛だった。登場人物の苦悩をすくっていく文章は淡々としすぎてるし、いろいろと伏線を張っていくストーリー運びも「おお、そう繋がるか」という鮮やかさに欠ける。それでもBをつけたのは、幕末を生きる青年たちの情熱と途惑いと意志がその「ぬるさ」の中でぼんやりと浮かび上がっていく様がことのほか美しかったから。そして、一転、ラストでくっきりと形を成す宗八郎の思いに強く心を打たれたからである。
藤川 佳子
評価:A
物語の二つの柱、宗八郎と源之介は共に武家の次男坊。家を継げない彼らはそれぞれに将来の道を探します。宗八郎は尊皇攘夷の風を避けるように芝居町へ入り浸り、あげく舞台作家の元へ弟子入りをし、源之介は陸軍に入隊して刀を鉄砲へ持ち替え幕府のために戦います。
幕末といえば「坂本竜馬」か「新選組」、幕末と芝居、幕末と陸軍という組み合わせはすごく新鮮。あの動乱を歴史の登場人物以外はどんな風に感じていたのかを初めて考えました。例えば、自分が生粋の江戸っ子だとして、西郷どんみたいな田舎侍たちがいつの間にか江戸の町を我が物顔で闊歩していたら…、やっぱり嫌だし腹も立つだろうな、と。そんな風に明治維新をとらえてみると、歴史を身近に感じてしまいます。大きな時代の流れを前に、一人の庶民の力なんてたかが知れているけど、それでも若いうちは流れから外れようとしたり、流れに立ち向かってみたり、とりあえずジタバタするべきでは。流されっぱなしだとアタマがパーになっちゃいそう。二人のあどれさんの生き方を読んで、そんなことを思ってみました。