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勝手に目利き
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心では重すぎる
心では重すぎる(上・下)
【文春文庫】
大沢在昌
定価 (各)660円(税込)
2004/1
ISBN-416767601X
ISBN-4167676028
(上)
(下)

  岩井 麻衣子
  評価:B
   シリーズものには、主人公の人生をずっと見守る楽しみもある。本書もそんな楽しみを刺激する作品だ。シリーズ初めには20代だった探偵「佐久間公」も40代。何でも解決できる超人的な大人ではなく、若者の心に戸惑い、理解できない苦悩を持つ普通の大人になった。佐久間と共に歳を重ねた読者も共感できる部分が多いだろう。物語は、「表舞台から姿を消したマンガ家を探せ」と佐久間が依頼されるところから始まる。一方で佐久間が関わる薬物依存症の少年に強い影響力を及ぼす「飼い主様」と呼ばれる不気味な女子高生の存在がある。全ての人々、謎がラストに向かって延び、一気につながるさまは読み応え抜群だ。不満は「飼い主様」。男を犬のように調教し、憎悪に満ちた悪魔のような女子高生だったのに、佐久間に正面からぶつかられ子供に戻ってしまう。大人に真剣に向き合われたからといってすぐに変わってしまうのでは、あまりにも根性がなさすぎる。とても人を操る魔力を持っていたとは思えないのだ。

  斉藤 明暢
  評価:B
   個人的に、漫画家やアシスタントや編集者など、漫画の作り手側というのは多少見聞きしたことがある世界だったので、異様な世界として描かれるとのはちょっとヘンな気分だ。多分昔からの出版の世界を知っている人にとっては、かなり異質な世界なのかもしれない。
 そして、異質ということはしばしば畏怖と尊敬と差別と恐怖と蔑みの対象になる。渋谷という街やそこに集まる若者たちも、似たようなとらえ方をされているのだろう。理解不能なものほど恐ろしいものはない。
 物語は、それぞれの疑問や後悔や不条理を残しながらも一応の解決を見る。しかし、それぞれの登場人物の気持ちとしては、ちっとも解決なんかしていないのではないかという疑問も残る。まあ世の中も人間そんなにきっぱりしているわけではないとも思うが。
 生きてさえいれば道が開けることもあるとは思うが、ちょっと虚ろに響いてしまうのだった。

  平野 敬三
  評価:A
   思いっきりおやじ臭い小説だ。主人公・佐久間の台詞や思考に、何度「あちゃー」と思ったことか。現代の高校生に対する佐久間のスタンス。謎の女子高生・錦織の心の奥底を暴こうとする作者の感覚。どちらも、似たテーマを扱った、たとえば石田衣良の『池袋ウェストゲートパーク』や東野圭吾の『白夜行』『幻夜』と比べると、救いようのないほど、おやじ臭い。しかし、読み進めていくうちに、だからこそこれは大沢在昌にしか書けない小説ではないかと思い、読み終えてその思いは半ば確信となった。これを世に問うのは、めちゃくちゃ恥ずかしい行為に違いないだろうが、大沢にはそれを敢行する勇気と覚悟がある。そのことに感動をおぼえた。そして本作に深みを与えているのは、目の前の若者を自分が理解できないのと同様、かつての大人もかつての自分を理解できなかったのだろうという佐久間の「気付き」である。そしてそのことに気付いていながらなおかつ「お前たちの考えは間違っているんじゃないか」と問い掛ける姿に思わずAをつけてしまった。大沢在昌という才能がいまだ小説の世界に必要とされているのだというのは、個人的に本当に嬉しい発見だった。

  藤川 佳子
  評価:AA
   今月、いちばん面白く読めた本です。ハードボイルドはちょっと…、と敬遠していたのですが父が執拗に「貸してくれ」とせがむので、これは何かあると思い、読んでみたら没頭。
上下巻あるような長編だと、どこかで必ず飽きてしまうのですが今回は一気に読んでしまいました。お話のうねりにどんどん飲み込まれていく、というかんじです。
解説にもありましたが、作者の世の中に対するやり場の無い憤りみたいなものを感じました。何かを訴えたくてしようがない、でもその思いが先行することなく、物語りの面白さとうまく拮抗していて、スッキリした読後感のなかにもズシリと残るものがあります。FBIだのCIAだのが出てこないからリアリティがあって、本当に今こんな事件が起きているんじゃないかと思ってしまいます。だから込められたメッセージが胸にくるんですよね。登場人物の職業もバラエティに富んでいて、世の中の知らないことを知れたというお得感もありました。本当に面白かった!

  藤本 有紀
  評価:A
   ジェネレーションXなんて都合のいい言葉を発明して、Xのブラックボックスに若者の不可解さを押し込めてはきたが、「オヤジ狩り」や「援交」とは不穏だ。退廃っていえばいいのか。何が原因なんだ? 
 今から5年ほど前、少年同士が「うぜー」「マジで」「わけ、わかんねえ」など、妙に限られた語いの中で会話をし始め、少女は少女でコギャル化する現象と同時進行で連載されていたこの小説は、若者の不気味さを皆が無視できないぶん注目されたに違いない。著者の執筆の出発点も、自分の中年性と若者のかつてない不可解さ、この辺りにあるようだ。
「たとえ死期を早めることになろうとも、デリカシーをもって人と接する自分にとって探偵は天職だ」と考える主人公佐久間は、大沢作品には久々の登場だという。佐久間のほか、伊達男で計算高い渋谷のやくざ遠藤や、『編集王』に出てきそうな編集者岡田、マニア向け古書店の店長保科といった脇役に至るまで登場人物の描写がリアルで人相すら浮かんでくるほど。『ヤンキー先生』や『夜廻り先生』を読もうと思っているなら本書を、と薦める。

  和田 啓
  評価:C
   十数年前だろうか、バブル華やかりし頃の渋谷のセンター街で、一人の呑んだくれのサラリーマンが数人のチーマーに囲まれ、なすがままにされていた真夜中のことを思い出した。当時から渋谷に出ればクスリに手を出している高校生は散見されたものだ。
 夜の渋谷が舞台である。お父さんが行けなくなってしまった危険な街、渋谷の現実が活写される。イラン人の売人がいて、買う若者がいて、背景にはもちろん仕切りの暴力団が存在する。消えた漫画家を探す私立探偵、伝説の漫画編集者、渋谷を押える若手組長、事件のキーを握る女子高生らが絡み合い、物語は収斂していく。ストーリー展開は冴えるがオチは案外単純。美少女錦織の内面もああそうですか、という感じ。漫画家まのままると編集者岡田が神保町で再会する際の描写が唯一、胸に残る。