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サハラ砂漠の王子さま
【幻冬舎文庫】
たかのてるこ
定価 600円(税込)
2004/2
ISBN-4344404858
>> Amazon.co.jp
>> 本やタウン
岩井 麻衣子
評価:A
旅行記には、行ってみたくなるものと、行った気になってしまうものがあるが、本書は後者であり、自分の魂が著者に乗り移ったかのごとく体験できる一冊である。これはスピード感あふれる風のような文章に知らず知らず運ばれていくからであろう。人との出会い、未知のものが好きで好きでたまらない著者の心が文章の隅々にあふれていて、実に楽しいわくわくする時間を得ることができる。
何より驚かされるのは、著者・たかの氏の危険回避能力である。旅には常に危険がつきまとう。知らない土地・人の中では人間はとても無力だ。だからといって誰とも関わりあいをもたないと旅の魅力は半減してしまう。たかの氏は楽しみと危険をぎりぎりのラインをうまく渡っている。襲われたり、親切にされたり、最後に笑って帰国できるからこそ、彼女の旅はすばらしい。最初に行った気になる話しと書いたが、行ってみたくなる一冊でもあった。世界へ飛び出す元気をくれる旅物語りである。
斉藤 明暢
評価:AA
一人旅に憧れるとき、大抵の人がイメージするのは多分こんな旅なんだと思う。決して優雅でリッチなお買い物ツアーなどではないはずだ。
旅モノに限らず、エッセイというのはどの程度自分を飾るか、つまりはどの位ウソをつくかのサジ加減が、魅力を感じるか引くかの分かれ目なのだけれど、考えてみれば、旅をするとか生きるとか人とつき合うとか、そういうのは全てそんなことの繰り返しという気もする。
そして、例え多少のウソが入っているとしても、この日の旅話はえらく面白そうなのだ。
ぜひ今後も、旅に憧れつつも今は本を読んでるだけの人に変わって、いろんな世界を旅してほしい。そして個人的には、ライフスライス(※)でもぶら下げていってほしいと思う。
※ライフスライス
持ち主の意志とは無関係に一定間隔でシャッターを切るカメラ。首から下げて使うことで持ち主の体験を切り取るといったコンセプト(だったような)。本家サイトがどこだかよく分からないので、「ライフスライス」とか「ライフスライス研究所」とか「ユビキタスマン」で検索すると吉かも。
竹本 紗梨
評価:C
文章は面白い、読みやすい。ただ…うーん、読んでいてちょっと恥ずかしい。必ず何者かになれるという自信、「私ってこんなことも1人でできちゃうの、変わってるって言われるけど」的な自己アピール、淡い恋と「それぞれの道を進むため」の別れ。もう、自分のちょっと前の日記を読んでいるみたいなんだもん。パワフルで恥ずかしい、フツーの旅行記でした。
平野 敬三
評価:B
アフリカ諸国では日本人と他のアジア人の区別がつかなく、いたるところで「ジャッキーチェン!」と呼びかけられる、というのは本当の話だ。そこで調子に乗った友人は「俺はジャッキーチェンの弟で、カンフーの達人だ!」と言ってのけエライ目にあったという。見ず知らずの人たちから憧れと恐れの入り交じったまなざしで見られたところまでは良かった。ところが。それが村中に噂が広まり彼の泊まっていた安宿に野次馬が押し寄せてきたのである。カンフーを見せてくれ頼む頼むと懇願され困った挙げ句、「分かった、明日になったら見せるからっ」と言いつくろって結局翌朝一番でこっそりと村を後にした、という話を聞いたときには「こいつ、本当にバカだな…」と思ったものだが、上には上がいるものである。たかのてるこは、本当に群集の前でカンフーしてしまうのだ。もちろん、彼女に武道の心得はない。
一人旅(厳密には本作は一人旅ではないのだが)は嫌でも自分という存在の弱さや脆さに向き合わされる。だから必然的にシリアスになりがちだが、同時に、人が旅してすることなんて実にくだらないことばかりなのである。本書がおセンチよりもバカバカしさに重きが置かれているのは、そのことにたかのが自覚的だからだ。
つまらない人間に面白い旅はできない。この本の面白さは、たかのてるこという人間の面白さであり、誰でもモロッコを旅すればこんな体験ができるわけではない。そうは分かっていても、読んでいるとモロッコをさまよいたくなってくる。うーん、困った。
藤川 佳子
評価:A
失礼ながら、てるこさんにシンパシーを感じております。辛かった就職活動、恋にオクテな性格…。自分と重なる部分があるように思われ、感情移入しまくりで読んでしまいました。あぁ、旅立ちたい!
一人旅の女性がモロッコへ上陸するとどうなるか…。もう、がんがん色目で見られちゃうわけです。どこへ行っても、どんなに警戒していてもレイプまがいのことをされそうになってしまうのです。自分は女で、女は弱くて男に襲われる立場にあるということをことごとく思い知らされてしまう。日本で普段、「おまえはホントに色気ないな」とか言われている女性ほど、そういう事態にショックを受けてしまうのではないかしら…。そんな時に、颯爽とキアヌ・リーブス似のスペイン人が現れるわけです。さっきまで自分が女であることにほとほと嫌気が差していたてるこさんが、キアヌにコロっと恋しちゃうわけですよ。だって、キアヌは行動力と生命力に溢れた超イイ男なんです。しかもサハラ砂漠へ行く途中に出会ってしまうのです。さぁ、キアヌとの恋の行方は…!? 男っ気ゼロ、無意味なほどに清い生活を営んでいる私にとって、ちょっと刺激が強すぎたかな…。
『クラブ神助』でも、ラオス人の兄ちゃんとすったもんだの恋騒動を繰り広げていたし(その時も鼻血寸前でテレビに釘付け)、まさに「恋する旅人」!
恋と旅に飢えている方、人間不信に今まさになりそうな方におすすめです。
藤本 有紀
評価:B
フランス・スペインを経てモロッコを旅する女性のバックパッカーの旅行紀。ある作家が「旅とは基本的にアンチクライマックスの連続である」というようなことを紀行文に書いていた。これに諸手を挙げて賛成の私は「世界中の人と友達になる」という著者の立派すぎる志についていけるか不安に思いつつ読み出した。ペンネームもギャグ漫画家みたいだし、「どうせトラブルをハプニングに仕立てて笑わせようとするんだろうな」と斜に構えもした。
予想どおりハプニングは起こり、就職活動でまいった経験や日本に置いてきた恋人のことなどを「等身大」に語りながら旅は続く。
「リビドー・ウォーズ」の章ほかで表面化する異文化間の価値観の相違は、イスラム圏へ旅行する前には知っておきたいところ(特に女の子は)。「ジャポネ、ノー! アラビア、ナンバーワン」とモロッコ男が自信満々に指差すもの、その男の恋人が品質を100パーセント保証するものとは? 口絵9がいい!
和田 啓
評価:C
本書にも出てくる、鉄道でフランスからスペインに入ったところにある乗換駅「ポール・ボウ」は忘れられない響きを持ったところだ。冷えた深夜のホームで心細く電車を待つわたしに、その中近東人はナイフで切ったオレンジの一片を微かなスマイルとともにくれた。
自分探しを基調とし異文化を体験する旅行記の系譜について考えてみた。古くは金子光晴や伊丹十三、小田実がいて、最近では小林紀晴が思いつくところだ。このジャンルで近年、沢木耕太郎を超える作品が出てこないのはなぜなのだろう。
世界は小さくなってなどいない。知れば知るほど頭を抱え込み、その圧倒的な広さと深さ、人間の歴史と不可思議さを、身を持って体感してくるのが若い身分で行く海外旅行のすべてではないか。筆者は生真面目で率直な方だと思う。いかんせんモロッコの風景が行間から広がってこない。筆者の情感を通じた異国の雰囲気は半径3m以内に限られている気がした。震えてくるような筆者だけの感受性をわたしは読みたいのだ。