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家守綺譚
家守綺譚
【新潮社】
梨木香歩
定価 1,470円(税込)
2004/1
ISBN-4104299030
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  川合 泉
  評価:B
   征四郎は、学生時代亡くなった親友・高堂の実家の守をしている。その家の周りでは亡友を筆頭に、河童や小鬼など、異界のものが入れ代わり立ち代わり現れている。冷静沈着な高堂と少し抜けている征四郎のキャラをはじめ、夢枕獏氏の「陰明師」の世界観を彷彿とさせる。しかし、この小説で怪異として描かれるもののほとんどは、サルスベリの木や白木蓮などの自然のものである。まさに、生きとし生けるもの全てに魂は宿るのだ。さらに異界と読者との橋渡し役として、隣のおかみさんや犬のゴロー等、現実の世界で生きるも
の達が一役買っている。
一つの単元が、5ページ程度とサクサク切れているので、通勤電車の中や休憩時間などの短い時間にちょこちょこ読んでいくのもアリな一冊。

 
  桑島 まさき
  評価:B
   丹念な描写と美文。日本の四季折々の情緒ある風景をあでやかな色彩感覚で描いていく。泉鏡花の幻想小説を読んでいるような心地よさだ。
 死んだ親友の実家の家番をすることになった主人公の「私」は、様々な植物の咲く和風の庭の自然を楽しみながらヒマな物書き業を送る。「私」の前に死んだ親友「高堂」が表れる。その登場の仕方はCG処理を駆使した映画の一シーンのようだ。しかし、「私」はまるで驚かない。最後までずっとこの調子なのがオカしい。主要登場人物は「私」と「高堂」、犬の「ゴロー」と「隣のおかみさん」ぐらい。この世でおこっているとは思えない話であるが、至極もっともなように読ませる。
 浮世離れした高堂屋敷という異界を「私」が彷徨している印象を受けるためか、時代設定や場所はどこなのかが不明瞭なため現実感が希薄だが、どこかおっとりして古風で静謐な風格を備えている。異界と現実の境界線が曖昧なのだ。その曖昧さはちょうど私たちが自然の神秘なる力に対して感じる畏怖の念に似ている。

 
  藤井 貴志
  評価:A
   早世した友人宅の家守をすることになった主人公が、小鬼や河童といった四季折々の小さな物の怪たち(?)と心を通わせながらゆっくりと流れていく時間を描いた物語。その時代も場所も明らかにはされていないが、明治初期の京都付近だと思われる。
家守になった途端に、死んだ友人があの世から現れるようになったり、庭のサルスベリに惚れられたり、はたまた不思議な力を持つ犬のゴローを飼うことになったりと、主人公の周辺では常に不思議な出来事が起こる。駆け出しの物書きである主人公は、たいていのことは受け入れながらも、時にはやっぱり戸惑ってしまう。そんな主人公のよき相談相手は、どこか超然としている隣のおかみさんだ。このおかみさんの存在感も本書の中では際立っており、あらゆることを知っているけど全然ひけらかすことはない。サルスベリに名前を付けた主人公に「それはいいことをなさいました」と言ったかと思うと、カワウソと出会った主人公には「ああいう手合いと、かかわりあいになってはいけません」とぴしゃりと言いつける。さながら映画『マトリックス』の“預言者”である。
それぞれの話における無駄のない構成力も光る。「今月の1冊を」と言われれば迷わず本書を推したい。

 
  古幡 瑞穂
  評価:A
   読み始めてすぐ思いました。「これは『百鬼夜行抄』だっ!」って。
 サルスベリの木に主人公が惚れられたり、物の怪たちが大量に闊歩したり、なくなってしまった親友はたまに彼岸から帰ってきたりするのだけど、この話がもっている穏やかで優しい世界の中ではそんなことがあっても全然不思議だとは思えません。どちらかというとこうであって欲しいなぁと思うくらい。いやー、こういうの大好きなんですよ。
 舞台は百年ほど前のようですが、全体的に流れる時間がゆるやかで、人と人との関わり合いもとても暖かい。今見えなくなってしまっただけで、私たちのまわりには物の怪や気がいっぱい充満しているのだと信じたくなります。(と、周囲を見回してこんな大都会にそんな余裕があるのか再度不安になる)喧噪に流されそうな毎日、これ読んで一休みしてみませんか?
 オススメしたい方は多々あるものの、今市子さんの『百鬼夜行抄』好きには絶対オススメ!

 
  松井 ゆかり
  評価:A
   私は梨木香歩さんの正しい読者とはいえないかもしれない。いちばんよかったと思うのは、エッセイ集である「春になったら苺を摘みに」だったりするし(いやしかし、あの本よかったなあ)。でも、梨木香歩という作家はほんとうにかけがえのない存在だと強く思う。
 例えば、新聞休刊日でいしいひさいちの「ののちゃん」が読めなくてつまらない、と思ったとする。そのとき、それならやくみつるのマンガを読んでみよう、と気持ちを切り替えることができると思う。あるいは、西村京太郎のミステリーが読みたいけど本棚にない。ちょっと違うけど内田康夫を読めばいいや、と気分転換することは可能だ。(上に挙げた作家の方々のファンのみなさん、もしもお気を悪くされたら申し訳ありません。4名ともすべて非凡な才能の持ち主でいらっしゃることは重々承知しております)
 しかし、梨木香歩が書くような本を読みたいと思ったら、梨木香歩の書いた本を読むしかないのだ。他の作家の本では代わりがきかない。読みながら知らず知らずの内に背筋が伸びるような、その凛として清々しい作風は、「家守綺譚」でも存分に堪能できることと思う。

 
  松田 美樹
  評価:AA
   この本は、たぶん10年後も20年後も私の本棚にあって、幾度となく、ふとした時に手に取って読むんだろうなあ。梨木香歩って、何だかファンタジー系の夢見る少女っぽい気がして敬遠してたんですが、初体験にしてちょっとハマったかもしれません。 内容はと言うと、100年くらい前の京都が舞台。主人公は、大学を出て物書きになったものの、仕事があまりなくて友人宅の家守をすることに。その友人は、湖に行ったきり帰って来ることなく亡くなっているのですが、床の間の掛け軸から出てきては、主人公をからかったり、忠告をしていったりします。ほかにも、賢い犬のゴロー、物知りな隣の奥さん、とぼけた和尚、悪い奴だけど憎めない長虫屋、あと忘れちゃいけないのが一途な片思いをするサルスベリなどなど味のある脇役たちがたくさん。植物を各章のテーマにしているのも、何とも言えずいい雰囲気。ちょっと不思議な、まだまだこの世と異世界が繋がっていたころのことを書いていて、夢野獏の陰陽師シリーズに近い気がしました。とぼけていてさらりとした感じが大好きです。彼らにまた会いたいので、ぜひ続編をお願いしたいです。

 
  三浦 英崇
  評価:A
   理にかなったもの、説明のつくもの――それだけで構成される世界は、分かりやすくはあるけれど、一方で味気ないものになってしまいがちです。24時間、消えることのないフラットな灯りに照らされた街には、人ならぬものの存在する余地はもはやないのだなあ、と、この作品の描く百年前の世界と比較し、らちもない感慨に浸ってしまいました。
 主人公の青年の住む家を次々訪れる異世界の住人達の、愛嬌あふれる姿に、自分が経験したことではないはずなのに、まるで自分の記憶であるかのようなノスタルジーを感じました。非常に不思議な感覚です。これは、日本人の「民族記憶」とでも表現すればいいのでしょうか。
 あの頃には、鬼も幽霊も河童も、ごく身近なところで存在していたのですね。私は、この便利な現代社会での生活を捨てる気などさらさら無いですが、それでも、たまには彼らに遊びに来てもらえたら、面白いだろうなあ、と、ふと思いました。