年別
月別
勝手に目利き
単行本班
文庫本班

スペシャリストの帽子
スペシャリストの帽子
【ハヤカワ文庫FT】
ケリー・リンク
定価 882円(税込)
2004/2

ISBN-415020358X

  岩井 麻衣子
  評価:C
   不思議ちゃんが、口々に不思議なことをしゃべっている……といってしまったら、ミもフタもないが、本書はなんだかさっぱりわからん世界の連続なのである。死んでるような、生きてるような、死にたいような……。たまーに「シャキッとせんかー」と怒鳴りたくなってしまう。12の短編からなるのだが、一番わからないのが「少女探偵」。少女探偵についてやら、一見関係ないような話が続く。何とかふむふむと思えたのが「ルイーズのゴースト」。ルイーズには親友のルイーズがいて、ルイーズの家に幽霊が住みついてる話(笑)。しかも幽霊に毛が生える。様々なおとぎ話が下地にあるので、それを知らないとさらにわからない度がアップする。作者ケリー・リンクの壮大な想像力で創られた世界に染まることができたならば「!」となり、反対色だったなら「?」となってしまうのだろう。わからないからといっておもしろくないかといえばそうではなく、不思議なことに割とおもしろいという読後感である。

  斉藤 明暢
  評価:B
   幻想文学というジャンル自体がそうなのかもしれないが、読んでいるとき感じるのは、なんかモヤっとした感じだ。その幻想文学風の作品がアメリカで活発なジャンルとなっている、という解説は、単純には信じられない気もする。かの国の人々は、どちらかというと白黒がすっきりハッキリしているものが好みではなかったのだろうか。もちろん偏見だが。
 そのモヤっとした感じは、ほとんどの話が「喪失」を描いていることと関係があるのかもしれない。何かを無くしてしまったのに、そのことを受け入れられないというのは見ていて痛々しかったりする。
 個人的には表題作よりも「人間消滅」が好きだ。どうせ空想の話なら、どこか前に進んでいかなきゃ、と思う。その先に何が待っているかは、また別の話だけど。

  竹本 紗梨
  評価:B
   不思議なファンタジイ。意味深で、ちょっと怖くて、それでもやっぱり分からなくって。子どものころに読んでいたら、どっぷりハマってしまいそうだ。読んだ後、感想がぽっかりと宙に浮かんでしまう。ドキリとするようなきわどい内容だったり、大人の妄想のような話が、連綿とつづく不思議な文体で綴られていて、どうにも分からない。分からなさを味わうのが、何よりの楽しみ方かも。ただただ奇妙な文章を楽しんでください。

  平野 敬三
  評価:A
   柴田元幸の推薦文が帯にある本はちょっとくせもので、一度たりとも「まともな」小説であったことがない。でも、その「まともな」というのがどういう基準なのか、柴田さんが推薦する小説の前では、どうにもしどろもどろになってしまってうまく説明できなくなる。「変な話」と困惑しながら、読み終えた頃には小説に対するとらえかたがぐっと幅広くなっている。そんな気がする。たとえば、村上作品で『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』が一番好きだという人は意外に多いが、それはあのへんてこりんな世界をただただ眺めるという行為にとてつもない快感があるからである。本書もまた、ただただねじれまくった世界を眺める快感を味あわせてくれる一冊だ。何の話なんだろうなんてことを考えてしまうのは本当に最初のうちだけで、この世界の空気になじんでしまえば最高のおとぎばなしを堪能できる。高校生で『たんぽぽのお酒』を初めて読んだとき、なんでこの話がファンタジーの傑作と呼ばれるのか不思議に思いながら、それでもうっすらと淡い景色だけは心にいつまでも残り続けた。本書もその類の、いとおしいくせものである。

  藤川 佳子
  評価:?
   アメリカの女性短編小説家のなかで今、最も高い評価を得ているケリー・リンクの短編集です。夢と現をたゆたうような心地の不思議な物語が11編。
『カーネーション、リリー、リリー、ローズ』から順に読み始め、世界幻想文学大賞とやらを受賞した『スペシャリストの帽子』を読み終えたところで、私の脳みそが悲鳴を上げました。だめだ、何がなんだかサッパリわがんねー! 一体どこがどう凄いんだろうか…。もうこうなったら、先に解説を読んでやる。あぁ、ほら解説はアメリカ文学者の柴田元幸さんが書いてますよ。なになに…「ケリー・リンクを一読して『何だかよくわからないなぁ』と思っても落胆することはありません。この訳のわからなさは夢のわからなさなのです。でもケリー・リンクは再読可能、その意味では『夢よりお得』です。」だって!私がこの物語を‘読める’ようになるには、あと100回ぐらい読まないとダメそうです。何か分かったら後日報告しますので、今回は「?」でご勘弁を!

  藤本 有紀
  評価:B+
   読み応えたっぷりの短編集。作者の目の前にぶら下がっている奇譚の世界をそのままそっくり思い浮かべようなどと思わないことがこの作品集を楽しむコツだと思う。作品によってほとんど理解不能のものもあるが、すごくクリエイティブなのである。
強いて色分けするならば、大人または男性によって語られる作品「カーネーション、リリー、リリー、ローズ」、「黒犬の背に水」「私の友人はたいてい三分の二が水でできている」「ルイーズのゴースト」が読みやすいのではなかろうか。「雪の女王と旅して」はファンタジーとリアリズムの間をめまぐるしく行き来する、リアリズムの調子で読もうとするとめまいを起こしそうな作品。そもそもリアリズムで解説できないのがファンタジーではなかったか? その試み自体が無理なのであるが。
すべての作品に共通して、人称固有名詞がキーになっている。とにかく名前がたくさん出てきて(または重なっていたりして)、複雑。

  和田 啓
  評価:C
   どこかで読んだ気がした本だった。読んだというよりも子供の頃どこかで見聞きし潜在意識で眠っていた記憶を追体験させてくれるようなファンタジーの掌編である。
 想い出はどこかファジーでつかみ切れない。実体験ではなく、どうやら夢の世界での作り話だったらしい。田舎の大きな旧家で夏休みひとり留守番をしていたときに見た妄想や白昼夢だったのかもしれない。
 表題作を中心に、主だった作品は読み返す行為をしたが一向に頭に入ってこなかった。
「充分なスピードを出せれば、スペシャリストに捕まらないわ」「スペシャリストってなに?」「スペシャリストは帽子をかぶってて、帽子は音を出すの」「彼がじきに来る。ここにやって来る」。
 日常生活に埋没しているわたしには避暑地の旧家どころか、カナダの湖畔で再読する必要がありそうだ。