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雲母の光る道
雲母の光る道
【創元推理文庫】
ウィリアム・エリオット・ヘイゼルグローブ
定価 1050円(税込)
2004/3
ISBN-448829202X

  岩井 麻衣子
  評価:C
   何もかもうまくいかず、それは自分の過去があやふやだからだと思っているチャーリー。かれは特に謎の多い母・タマーラの死を調査するため、祖父・オースティンが住み、自身が幼い頃を過ごした南部のヴァージニアに向かった。1927年若き日のオースティンからはじまる彼の人生の回想と、1998年チャーリーによる母タマーラの死の調査が交互に語られる。過去が支配する南部の街に色濃く残る黒人差別の問題や、何も語らず全てを墓に持っていこうとする人々の態度が事件を複雑にし真相を隠す。全体の雰囲気がとても重たい。映像で見るこじゃれたアメリカとは違う、キング作品にでてくる悪魔に襲われそうなしけた街が目に浮かんでくる。どんな世界にも闇はあるのだと改めて考えさせられた。ミステリーというよりは人間ドラマがつまった一冊。過去をふりきったチャーリーが進む新しい人生への道・雲母の光る道が夜明けを感じさせ美しい。

  斉藤 明暢
  評価:C
   近頃、アメリカがなんかヘンだと感じる人は結構多いだろう。ただそれは近頃突然でてきた感覚ではなく、昔から時折あったものなのかもしれない。歴史的に若い国だから、良いことも悪いことも勢いに乗りやすいのだろう。
 アメリカの北部と南部を比べると、冷たい北部、ドロドロした南部、というイメージでは決めつけすぎだと思うが、実際はどうなのだろう。南部では時間と歴史や時間の流れが違うというのは本当なんだろうか。とはいえ、同じ地域に住む人を、自分と違っているというだけで蔑んだり殺すほど憎んだり、あるいは本当に殺したりする感覚は、正直よくわからない。まずは相手を人間ではないと思いこむことが、必要なんだろう。
 そして、アメリカでは昔も今もあまり変わらない部分が残っている気がする。例えば、思いこんだら、相手がどう思おうが自分のほうが正義、というわけだ。そのへんがアメリカを好きな人は好き、嫌いな人は嫌いとなるポイントなのかもしれない。

  竹本 紗梨
  評価:A
   シカゴから結婚生活も仕事も失ったチャーリーが祖父のオースティンを頼って帰ってくる。そこでチャーリーは母の死についての謎、自らの出生の秘密、それを知る人々の思惑に巻き込まれて行くのだ。南北戦争から続く、今では時代に見捨てられたような暑苦しい空気感、陽炎のように過去がずっとつきまとっている、そんな南部の描写が秀逸。オースティンの人生、そしてチャーリーの人生が巧みな構成で描かれて行き、南部に生きるしかない人間の姿が胸に迫ってくる。最後に解き明かされる謎に加えて、全編に横溢する南部の苦しみや重さ、その生活の中でも輝く瞬間が、風や光、草の匂いを全部含んだような小説だ。

  藤本 有紀
  評価:B-
   心に痛手を負った中年の証券マン・チャーリーは、解雇され妻に去られて、表向きは求職という理由でシカゴから母方の祖父オースティンの住むヴァージニア州の町に戻る。南部といえば南部美女・サザンベルである。チャーリーが9歳のときに死んだ母タマーラも、その母つまりオースティンの妻もとびきりの美人であったという。病死と聞かされている母の早すぎる死がチャーリーにはずっと謎であり、調査をしようと町に着いた早々、不審なことが起こり後に引けなくなっていくのだ。
性的倒錯者続出、猟奇オンパレードのミステリーに慣れてしまった目には、この小説はとてもクラシカルに感じるだろう。南軍将軍を称える雰囲気の残るアメリカ南部の因習、KKK団、密造酒、黒人メイドなどの時代背景が一因。加えて、精神を病む美女、フラッパーの象徴といえばゼルダである。フィッツジェラルド的でもあり、フォークナー、トニ・モリスンの世界にも通じるような文芸タッチがそのように感じさせる。
こんな理由で人が早死にしなければならなかったとは悲劇である。

  和田 啓
  評価:C
   読了後、アメリカ南部を旅したくなった。名作『風と共に去りぬ』や映画『イージー・ライダー』の舞台が見たくなった。東部エスタブリッシュメントのアメリカではない、裸のアメリカ。保守的で閉鎖的で人種差別が色濃く残ると云われる合衆国南部。そこに暮らす人々は頑固で骨太な分、世情に流されない味のある人が多くいるだろうから。
 シカゴで仕事に失敗し妻と別れた主人公は、祖父のいるヴァージニアを訪ねる。訪問の理由は、母の謎めいた死にもあった。
 現地での道ならぬ恋、サスペンス、そして謎解きともに盛り上がらなかった。人物造型にふくらみがなく、ストーリーも推理小説にしてはスリリングさがない。ソーセージ・ペパローニ・マッシュルーム・タマネギ入りのピザ、夏の昼下がりにガレージ前で洗車といったアメリカらしい描写に心は躍りましたが。