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勝手に目利き
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二人道成寺
二人道成寺
【文藝春秋】
近藤史恵
定価 1,850円(税込)
2004/3
ISBN-4163225803
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  川合 泉
  評価:B
   不審な火事で、意識不明となった歌舞伎役者・芙蓉の妻。この事件を軸に、実と小菊、二人の人間の動きが交互に描かれるスタイルがとられています。ミステリーですが、トリックというより動機に重きがおかれた心理ミステリーという感じです。
小菊は男性なのですが、女形ということで、しゃべり口調はほぼ女性。そのために文字だけを読んでいると、小菊が男性であるという事実がすぐに頭から抜けてしまいます。又、歌舞伎の演目も事件のキーとなっているので、是非映像化して頂きたい一作です。作中に出てくる今泉探偵は、シリーズものとして他の作品にも出ていますが、この作品から入っても全く問題なしです。後ろに収められているあとがきや作者へのインタビューを読むと、作者が本当に歌舞伎が好きだということがよくわかります。歌舞伎を知らない人でも充分楽しめる作品ですが、歌舞伎に堪能な方にはその二倍、三倍楽しめる作品だと思います

 
  桑島 まさき
  評価:A
   面白い、ぐぐっーと読ませる。著者がいれこんでいる歌舞伎を題材にしたミステリー。
「小菊」という「わたし」と、「実」という「わたし」の章が交互に進行し、時間差を巧妙に利用することによってミステリー度をあげている。梨園に生きるが表舞台に立つことの無い2人の視点によって、ある事件の真相に近づいていく。人気役者同士の確執、一人の女をめぐるどろどろした愛憎劇、そこに生きる人々のリアルな感情の襞を有名な歌舞伎の演目になぞらえて掬い取っていく。秀逸な心理サスペンスだ。 私なぞビンボーなもんだから歌舞伎を観る機会はほとんどないが(観たいと思うのだが)、そこで描かれる(上演される)世界は時代的なズレはなく、時をこえて普遍的な〈男女の愛の形〉という文学のテーマを投げかけている。いや現実の人間社会以上に人生の真実を言い当てているようだ。時に妖しく、時に官能的で、毒気を孕みながら。
 恋路の闇に迷った女形・芙蓉の妻、美咲の命がけの恋は、あまりにも深すぎる。

 
  藤井 貴志
  評価:B
   いわゆる「梨園」を舞台に、事故で意識不明になった歌舞伎役者の妻をめぐる謎解きの話。
二人のライバル役者が同じ役を同時に演じるという「二人道成寺」をここぞという場面で持ち出してくるところなど、ストーリーや登場人物の気持ちと歌舞伎の演目が上手く重ねられている。著者の歌舞伎に関する知識だけでなく、その愛情が感じられる。舞台を離れた役者や彼らを支える人ちたちの日常を外野から眺めているようで楽しめた。
個人的には、物語の核となるべき謎解きよりも、普段は垣間見ることのできない梨園の姿に、より興味を惹かれた。もちろんこれは小説だが、現実の梨園もこんな感じなんだろうなという気がしてくる。これまで歌舞伎といえば「スーパー三国志」しか見たことがなかったが、本書を読んで俄然興味が沸いてきた。余談かもしれないが、装丁はあの京極夏彦氏が出掛ける。

 
  古幡 瑞穂
  評価:B+
   近藤史恵さんお得意の歌舞伎ミステリ。探偵がシリーズ通しての重要な役なのにもかかわらず、梨園の独特の雰囲気をぶちこわしにするような活躍をしないところが好きです。様式美を大事にし閉鎖性の残る梨園。謎もある程度は謎のままに事件に携わった人の心を溶かしていくような決着の付け方。パズル性が高い小説をお好きな方や、白黒はっきりつかないミステリは嫌いという方には不向きかもしれませんが、私は好きですこういうの。
 しかも細々としたことをくどくどとかき立てないので、読者としては想像力(まあ舞台が梨園だけにとぼしい知識から生みだされたステレオタイプなイメージではありますけど)に遊べる余地があるのが嬉しいところです。
 歌舞伎に詳しくなくてもわかる親切な作りになっていますし、シリーズの他の本を読んでいなくても単体できっちり楽しめます。でもやっぱり取り上げられている歌舞伎のストーリーを知っていればより味わい深く読むことができるんでしょうね…

 
  松井 ゆかり
  評価:B
   とても興味深く読めた本であったけれども、ミステリーとしての評価となるとどうなんでしょうか。すごく劇的で決定的な事件が起きるわけではないし、真相も割と早い段階で察しが付くような気がする。この“本格ミステリ・マスターズ”シリーズには、「葉桜の季節に君を想うということ」などを始めとして、あっと驚く仕掛けで読者を翻弄する作品が多いように思われる。その中にあってこの作品は比較的地味めな印象だ。
 きっと作者の入魂のポイントは“歌舞伎”を描くことにあるのだろう(あ、謎解き部分の手を抜いていると言ってるのではないですよ、念のため。ミスリードを狙った描写も効果を発揮してると思うし)。残念ながら歌舞伎というものを観たことがなく、この本のかなり多くの部分は未知のことだったが、十分楽しめた。作者が自身の好きなことを書いている文章は(内容にもよるが)、その対象への愛情が伝わってきていいものだ。

 
  松田 美樹
  評価:B
   “歌舞伎”というと、表舞台に立つ華やかな人ばかりを思い浮かべますが、この主人公は、歌舞伎役者とはいえども養成所出身、名題下の女形。主役を演じるなんてことは生涯なく、主役を引き立てる脇役です。主人公の他にも、ここでスポットライトを浴びるのは、どちらかというとそんな脇役達。役者の妻だの、番頭(切符の管理や後援会などに案内を送るのが仕事)たちを中心に物語は回ります。若手役者の注目株・芙蓉の自宅が火事で焼け、妻の美咲が一酸化炭素中毒で昏睡状態に。芙蓉のライバル役者・国蔵がその火事を不審に思い、探偵・今泉に依頼しますが……。事件は、歌舞伎の演目をなぞりながら進みます。女よりも女らしく思える女形が、本当の女にまざまざとその性を見せつけられるという内容も歌舞伎ならでは。歌舞伎にあまり詳しくないのですが、説明を施しながら進行するので、ちょっと詳しくなったような気になれて楽しかったです。

 
  三浦 英崇
  評価:C
   作者の過去作品を幾つか読んでいたため、ラストで強烈なダメージが来るんじゃないかと、半分期待、半分恐れおののきつつ読み進めていたのですが……それほど、苛烈な決着ではなかったので、半分安心、半分がっかり、と言ったところでしょうか。
 いずれは歌舞伎界を背負って立つだろう、と期待されている二人の女形、中村国蔵と岩井芙蓉。芙蓉の妻・美咲が火事で意識不明の重態となり、何故か国蔵が事の真相を究明すべく、探偵・今泉文吾に依頼する……という流れなんですが、事件そのものより、事件をめぐって示される愛憎の方により重点が置かれている気がします。
 それぞれの心の方向について、最後にきちんと決着をつけているのはいいのですが、果たしてこの小説、このタイトルで本当にいいのか、という疑問が生じてならないのですが。もっと、歌舞伎に絡めつつでも、作品内容に即した題名にできたのではないか、と。その辺が今ひとつ納得いきませんでした。