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語り女たち
語り女たち
【新潮社】
北村薫
定価 1,680円(税込)
2004/4
ISBN-4104066052
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  川合 泉
  評価:C
   17名の女性が、一人の男性にめいめいの不思議体験を語り聞かせるという形式がとられています。一話毎に挿入されているイラストも、とっても幻想的で永久保存版にしたい一冊。異次元にほんの少し足を踏み入れてしまった人たちのお話という雰囲気ですが、全ての短編において終り方が曖昧な気がしました。どの話もぷかぷか浮いている感じで、捕らえる前にするりと抜けていってしまう感覚を覚えます。ページ数は少ないですが、読後はかなりの満腹感が味わえます。それは17話全てが、物語の裏に隠れた意味を探らせるという作業を求めているからでしょう。私のお薦めは、「四角い世界」と「あるばむわりあ」です。

 
  桑島 まさき
  評価:B
   何と甘美で魅惑的な生活だろう。海辺の街に部屋を借り、金の心配はいらない。潮騒の響く窓辺に寝椅子を引き寄せて横になり、次々と訪れる市井の女たちの、現実離れした謎めいた話に耳を傾ける。女たちの話の信憑性や現実との違いについて思いをめぐらすだけの優雅な時間…。女たちは滔滔と話す、男は聞く。ただそれだけの物語なのに、語り女たちの話にズルズルと引き込まれ、読者は此処ではないどこかへ連れて行かれそうな錯覚を覚える。ちょうど子どもの頃、寝る前に大人が読んでくれた御伽噺の世界にのめりこんだ、ゾクゾクと感性を刺激された、緊張の時間のように。イメージを喚起させるさし絵も功を奏している。
 人の数だけミステリー。ミステリー作家、北村薫は神秘的な小宇宙を巧に積み重ねながら、独特な語り口によって、壮大な神秘の世界へと読者を誘う。

 
  藤井 貴志
  評価:B
   世間と距離を構えた1人の男のもとを訪れた女たちが語る体験談をまとめた形の短編集。17人の「語り女」たちが披露する話は、いずれもどこか懐かしく、そしてほのかに切なさも漂う。なかには不思議な体験もあるが、奇抜な印象はまったく感じられない。むしろ誰の人生にもこうした経験があるのでは?という気さえする。先月読んだオースターの『トゥルーストーリーズ』ではないが、人生なんて偶然の積み重ねなのだろう。それが驚くべき事なのか平凡な事なのか、視線というレンズの感度によって捉え方はさまざまなのだから。
少女時代に好きだった男の子の名前に使われていた漢字について語られた『文字』が特に印象に残った。語り手が記憶している文字のイメージや男の子の様子が風景とともに頭に浮かび、ラストの「!」というオチは意表を突くものではないが、柔らかくて心地よい。
風合いがまったく異なる短編ばかりが集まっているのに違和感なく上手に1冊に収まっているのもいい。

 
  古幡 瑞穂
  評価:B+
   本って開いたときの感動があると嬉しくないですか?この本、開いてみると文章がカラーで綴られているんです。しかーも紙の手触りも上質。嬉しくて思わず声が出そうになりました。物語にあった装丁、活字、紙、色、こういうのが考えられている本はそれだけで高得点あげたくなってしまいます。
 それはさておき本題。掌編というには長い幻想短編小説集。ちょっとホラー色のあるお話もありましたが、個人的にはほんわかしたものが北村薫さんらしさがあって好きです。数々の女性たちに奇妙な話を語ってもらうという設定にしてあるのだから、欲を言えばもう少し短編の本数があるとよかったかなぁと思います。北村版『掌の小説』みたいな感じで…(ま、でも久しぶりの小説が読めただけでも感謝せねば)
 これはぜひともどなたかの朗読で聞いてみたいものですね。

 
  松井 ゆかり
  評価:B
   もしも視力が失われて本が読めなくなったらどうしよう、と考えることがある。朗読CDというものがある。また、ベルンハルト・シュリンク「朗読者」を読んだとき(あるいは映画「本を読む女」を観たとき)、本筋よりもこういう人を雇えればいいのかと思いめぐらせたこともある。この「語り女たち」を読み初めて、またひとつ選択肢が増えたと思った。
 しかし、読み進むうちに考えが変わった。すでに書かれているものを読んでもらえばいい朗読とは異なり、この本の語り女たちは自分が内に抱えるものをそのままぶつけてくる。しかもそれぞれ普通の世間話のような類いの内容ではない。そんなものを吐露されて、自分は平静でいられるだろうか。
 主人公のように悠々自適な身でもないし、しばらくは自力で本を読めるように目は大切にしようと思った次第である。この本のような美しい挿画装丁を楽しむこともできるわけだし。

 
  松田 美樹
  評価:A
   北村薫さん、大好きなんです。プロフィールでも書きましたが、本屋で名前を見るだけでドキドキしてしまうほど。北村さんの本を読むと、人の心が生み出すものには限りがないのねとつくづく感じます。これで終わり、ということのない、ひたすらに続く可能性。私の器の小ささを感じさせられる悲しさ?もありますが、無限の広がりを示してくれるから彼の作品が好きなのかもしれません。17人の女たちが繰り広げる不思議な不思議な話が詰まったこの本の中では、8話目の「笑顔」がそれ。好ましく思っている会社の同僚が渡してくれるプレゼントの数々。1つ1つが微笑ましくて、愛しく思えます。どれもお金がかかっているものではありませんが、心を震わせるものたち。具体的にどんなプレゼントかは読んでほしいので書きませんが、この「笑顔」のプレゼントをもらったら私は必ず参ってしまうぞ。贈られてもみたいけど、あげる側にもなってみたい!と切に思いました。
 もう1つ気になったのは最後の「梅の木」。読んだ時に、梅の香りがしたような気がしました。馥郁とした香りを漂わせながら真っ白な花を咲かせる梅の木と、それを見上げる幼子の純真な瞳。「また会おう」という木と子供の交わした約束は時を超え、命の器を変えながらも果たされます。ああ、これは形を変えた『リセット』なんだなと思いました。男と女の恋という形態ではなく、木と幼子の純粋な友情の話です。

 
  三浦 英崇
  評価:B
   「高等遊民」なんて死語がぴったりくるような聞き手が、面白い、興味深い話をしてくれる女性を募集する。リアリティのかけらもないような設定で、リアリティのかけらもないような話を次々と繰り出しているのにもかかわらず、どうしてこんなに、身近にあってもおかしくないようなリアリティを醸し出してこれるんだろう。
 実際にあったら相当おかしな話をしてくるんですよ、彼を訪ねてくる女性たちは。しかし、走っているはずのない紫色の列車だの、すべてのものが眠り続ける森だの、人間社会に紛れ込んでいる水虎だのを、いとおしげに語る彼女達の姿の、何と魅力的なことか。
 幻想世界を現実に結びつけ、柔らかに緩やかに包み込んでゆくのは、彼女達の語りの巧みさ――あるいは、作者の語りの巧みさによるものなのでしょう。一晩に一話ずつ、こんな話を聞けたなら、きっと、かのアラビアの王様のように、ぐっすりと眠れることでしょう。