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├2001年7月
├2001年6月
└2001年5月
ブラフマンの埋葬
【講談社】
小川洋子
定価 1,365
円(税込)
2004/4
ISBN-4062123428
>> Amazon.co.jp
>> 本やタウン
川合 泉
評価:C
「博士の愛した数式」がとても心に残る作品だったので、その小川洋子氏の最新作ということで期待した割には…ということもあり、評価を辛めにつけました。ストーリーものというよりは、「僕」の日常を追っているというタイプの作品です。ブラフマンがなんの動物であるかということは最後まで明記されておらず、色々なイメージが頭の中に浮かびました。きっと、ブラフマンはブラフマン以外の何者でもないということなのだと思います。
「僕」は、ブラフマンをかなり可愛がっていますが、一方で「僕」の周りの、ブラフマンの名付けのきっかけを与えた碑文彫刻家も、僕が想いを寄せる娘も、ブラフマンを可愛がろうとはしません。しかし、逆にこの毒気に小川氏本来の持ち味がでていると思いました。
桑島 まさき
評価:B
ケガをして〈僕〉の前に現れた犬(?)の〈ブラフマン〉が〈僕〉と共に過ごし死んでいくまでの話。〈ブラフマン〉は犬らしい。特別な説明はなされない。〈僕〉や僕以外の〈創作者の家〉の人たちについても同様。子どもの成長の記録をとる親のように、主人公がブラフマンの観察記録をとっているのが面白い。ブラフマンの尻尾、眠り方、食事、足音、といった具合に。
題名が示すとおりブラフマンは死ぬ。皮肉にも〈僕〉が〈娘〉に教えた車の運転によって。作者が試みた珍しい形式は、〈ブラフマンの埋葬〉で括られ、碑文彫刻師が石棺を作り、レース編み作家がレースのおくるみを作り、ホルン奏者がホルンを吹き、ブラフマンを葬送する。芸術家たちが集う〈創作者の家〉で、唯一何も“生み出すことのない手”をもつ人間と自称する〈僕〉は、ついにブラフマンを埋葬するという作業において、葬礼という芸術的なモノを作り上げる。さながらヨーロッパの伝統的な葬礼のような格調高く荘厳な。
だがやはり、前作「博士の愛した数式」が切なく胸をうつ傑作だったことを思うと物足りなさを感じるのは否めない。
藤井 貴志
評価:D
前作『博士の愛した数式』が本屋大賞を受賞し、そのために急いで(?)新たなオビが巻かれたという状況が、本作の位置付けや期待度を端的に現している。そう、本作は『博士の〜』と比較される宿命を背負った作品。当然、僕たち読み手は前作と天秤にかけて読むことになる。これは人気作家の宿命でしょうね……。
アーティストが創作活動に打ち込むための施設で世話人を務める主人公が、ひょんなことから小動物を飼い始める。「ブラフマン」と名付けられたこの存在が何者かは最後まで(意図的に)明かされないが、文脈からするとカワウソか何かの小動物だろう。物語は主人公とブラフマンを中心に展開するが、タイトルがすでにネタばれ要素を過分に含んでおり、ラストに至っても「やっぱりね」と思わされたところは個人的には残念だった。読み始めたときから結末がなんとなく見えていたからか、良くも悪くも途中で引っかかることなく一気に読み終えた。
登場人物どうしの会話やその行間は、小川節とも取れるやさしさに満ちている。これが普通の小説なら、もう少し高い評価になろうが、これは『博士の愛した数式』を書いた著者の最新作なのである。前作はそれほどまでに素晴らしかったのである。
古幡 瑞穂
評価:B
『博士の愛した数式』を読んだとき、ルート君に降り注ぐように浴びせられる愛情をとても好ましく、心地よく感じました。この本を手にとったときにまず思ったのは「あの気持ちをもう一度…」ということ。ですが、そんな読者にとっては酷なことに、ブラフマンを取り巻くのは悪意ばかり。しかもタイトルからもわかるように、間違いなくこの主人公とブラフマンの日々は終わりに向かっているのです。幸せな日々が失われていくことを知っている読者と、知らない主人公。この関係がまず残酷です。でも美しいのです。
しばらく忘れていましたけれど、この残酷さと多少の毒が小川洋子さんの味ですよね。失われていくものを書いてきた作家が本領発揮した作品ではないでしょうか?
浮世離れした高原とか、池の畔とかそういうところで静かな気持ちで読んだ方がいいです。私のように会社帰りの酔いが入った頭でなんぞ読んではなりません。
松井 ゆかり
評価:A
「博士の愛した数式」が本屋大賞を受賞したことは、一読者としてたいへん喜ばしいことだった。「博士の愛した数式」が現時点での小川洋子さんの最高傑作であることはほとんど異論のないところかと思う。
しかし、前作が各方面でこれほどの高い評価を得た後だけに、この本を出版するにあたっての小川さんのプレッシャーは相当なものだったのではないか。しかし、「ブラフマンの埋葬」もまた心に響く小説だった。
題名から容易に推察できるように、主人公「僕」と「ブラフマン」の別れを描いた作品だ。僕とブラフマンの互いへの無償の愛情、碑文彫刻人の無骨な温かさ、僕が思いを寄せる娘の一途であるが故の残酷さなどが、小川さんの静かな文章によって描き出される。
小川洋子という作家と他の文筆家を分けていると思われるのが、出番は少ないが印象的なレース編み作家とホルン奏者の描写だ。特にレース編み作家が素晴らしい。時に冷たいように思えて、また時には限りなく優しい。凡百の作家にはこれが描けない。小川さんがこの視点を持ち続けながら、この先も小説を書いていかれることを心より祈る。
松田 美樹
評価:B
小説には、これからどうなるんだろう?と気になって読み進めるストーリーを重視したタイプと、文章そのものを堪能するタイプがあるとすれば、これは作者自身が後者だと決めているように思えます。ブラフマンと名付けた美しい生き物との日々を描いているんですが、ラストシーンをそのものずばり表したタイトルは、限りある時間そのものをテーマにしたかったからではないでしょうか。
1つ1つのエピソードが目に浮かんで、とにかく「美しい世界」の一言に尽きます。言葉の美しさをぎゅっと濃縮して閉じ込めた結晶がきらきら輝いています。美術品のように、きれいなものを鑑賞するかのような気持ちで読みました。何度読んでもその度に違う光が当たって、更に輝きは変化しそうです。優雅というか、ゆったりとした時間の中で、お気に入りのお茶を飲みながら読む、なんていう贅沢な過ごし方が似合いそうな作品。イライラした気持ちや、慌ただしい日々を忘れさせてくれました。
三浦 英崇
評価:B
今年の初め、飼っていた猫のうちの1匹が死にました。私にはあまり懐かず、正直言ってあまりかわいげのない猫ではありましたが、それでも、意味ある言葉を発することのない動物の死、というのは、相当、心にダメージを与えるものなんだなあ、と思いました。この作品を読んでいて、まず最初に思い浮かんだのが、その時の猫の死に顔でした。タイトルからして「埋葬」なので、無理のない想像かと。
ストーリーは、夏のある日、家の軒先に現れた小動物と、青年の過ごした日々を、ごく淡々と描いています。事件らしい事件と言えば、まさにタイトルに示された「埋葬」にまつわる事件くらいのもので、あとは、ペットを飼う場合にしばしば起こるような日常に、青年自身の心情の起伏が重ねられていくだけです。
しかし、この淡々とした加減が非常に心地良い。短編と言っても差し支えない長さの作品ですが、厳選された言葉で描かれる雰囲気は、心に気持ちよく染みます。