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パレード

パレード
【幻冬舎文庫】
吉田修一
定価 560
円(税込)
2004/4
ISBN-4344405153


  岩井 麻衣子
  評価:A
   あこがれの男女同居友情物語と思いきや、おっそろしい話だった本書。2LDKをルームシェアする男女4人とそこへ転がり込んでくる少年の5人の視線で話は構成される。先輩の彼女に横恋慕する大学生・良介(21)が、彼女の家でむかえた朝食の席で「気持ち悪っ」となり、絶世の美女・琴美(23)がアイドルの彼氏からの電話をひたすら待つ姿に「あほやな」となる。様々な映画のレイプシーンを1本のビデオにおさめる雑貨屋店長・未来(24)の破滅的な生き方にいらいらさせられ、男娼・サトル(18)の性格の悪さにひいていってしまう。そして、インディーズの映画会社勤務・直樹(28)のラストに、ただただもう絶叫するばかりだ。衝突しないように自分を殺す若者たち。肉体関係のない男女の同居ってやはり健全ではないのかもしれないけど、虚構の世界くらい夢みさせて欲しい。そんなバカな思いをうち砕いてしまうすんごい物語。ああ、人間って怖いよねえ。

  斉藤 明暢
  評価:A
   「あなたがこの世界から抜け出しても、そこは一回り大きな、やはりこの世界でしかありません」とはよく言ったものだ。
 若い男女数人が奇妙な共同生活を送るというのは、設定自体は割とよくあるパターンだ。そこで暮らしていくうちに少しずつ互いに影響しあい、人間としての成長を得る、というのがお約束のパターンなのだが、そんなものはどこにも描かれてはいない。大事件と言ってもいいほどのことが起きても、なんとなく続いていく。まさに、一回り大きなだけの同じ世界というわけだ。
 いつまでも続くはずがないと思いながらも、それなりに居心地のよい世界。実はもう壊れているのに、気づかないで過ごしている怖さは、当事者よりも上から見てるほうがより感じるのだろう。

  竹本 紗梨
  評価:A−
   読後にべっとりとした暗い感情が残る。共同生活をしている4人+1人の居候の5話の独白で話が構成されている。杉本良介は大学生で先輩の彼女との恋愛に夢中、大垣内琴美は彼氏から連絡が来るのをただただ毎日テレビを見ながら待っている、相馬未来はイラストレーター志望、居候の小窪サトルは毎晩公園で男に体を売っている、井原直輝は小さい映画配給会社で仕事中。気楽な、だけど無意識のうちに気持ちがゆがんでいく暮らしに無理をきたして、それぞれ現実の道に戻っていく…という話を想像していた。違うのだ、ひとりひとりはイヤになるほどリアリティがある。だけど…これは筋は説明できない。ひとりひとりの話は最初は普通に読める。ただ最後まで読んでしまうと読み返すのが怖くなる、一言一言に意味を読み取るのが怖いのだ。

  平野 敬三
  評価:AA
   青春小説を装いながら、小説のタイプとしては貫井徳郎の『慟哭』に近い(また引き合いに出してしまった)。この衝撃のラストは読み終わってからもじわりじわりと効いてくる。うーん。この衝撃は初めから通して読んでいないと分からないから、未読の人に「こうこうこうでこんなにすごい小説だよ」と説明できないのがもどかしい。とりあえず、読め、そして語らおう、酒でも飲みながら。そんなことしか言えないのだろう。それで、語り合うのはきっと、まったく本編に関係ない、些細な場面や台詞なんだろう。希薄な、それでいていとおしい人間関係、そういうものを描いた小説は数あれど、そのいとおしさの中に潜む不気味さをここまで鮮やかに浮かび上がらせたものは、僕が知る限り本書だけだ。そしてここには、その不気味さが潜んでいるからこそキラキラ輝く風景があることも書かれてある。いま僕は、その他の課題文庫を放り出して、もういちど本書を読み返したい気持ちでいっぱいである。困った。

  藤川 佳子
  評価:AA
   へー、へー、へー、こんな終わり方をするんだ! いや、面白かったですよ。ありそで、なさそで、ありそな現実。不思議な共同生活をする5人の距離感がすごく絶妙で、最後のオチが生々しいほどリアル。とにかく読んでみて、としか言えません。どんなに荒唐無稽な結末が用意されていても、それをスッと受け入れさせてしまう、時代感覚とでもいいましょうか、現代人の現代人たる所以を切り取って物語に盛り込む力が凄いと思うのです。読後の、このなんとも言えない、モヤモヤ、ソワソワした気持ちは、なんでしょう。この物語の5人のような関係がきっとこの世のどこかにあって、もしかすると自分もにいつの間にかそんな関係を誰かと築いているかもしれないという、期待とも不安ともつかない予感なのかも知れません。

  藤本 有紀
  評価:A
   吉田修一の小説に私が惹かれるのは、登場人物に対して好ましいと思う感情を持ちはじめたところで突き放される、その落差にあるように思う。いい奴かと思っていたら突然暴行に及ぶ、まともだと思っていたらかなりの変態で、何食わぬ顔で嘘つく。現実には暴力とは無縁の日常を希求しおおかたその通りに生活しているつもりだが、暴力は日常を犯すし、ありふれた日常はいとも簡単に後味の悪い物語にもなり得るのだとささやかれると、ゾクゾクする重苦しさを期待する気持ちが顔を出す。
 千歳烏山で共同生活する5人が、全員ロールプレイしながら暮らしているという空々しさを水面下に押し込んで、吉田の小説にしては軽妙な感じで進んでいく物語だからと、安心しきってはいけない。

  和田 啓
  評価:AA
   傑作だと思う。文庫化にあたっての再読であったが切れ味は鋭く余韻はまた深い。
 わたしもしばし人を殺(あや)める。といっても夢の中での話だ。相手の顔はきまって思い出せない。なんらかの想念がその行為と結びついているのだろうか。わからないが。
 登場する五人の若者の悩みは最後まで解決されないままだ。ちょっとした世界との違和感があり、皆自分の中での異物と折り合って生きている。歳も職業も性別も、生い立ちも違う五人の共同生活……ほどよい都市風俗とサブカルチャーを散りばめた浮遊感漂う暮らしに最後の最後、現実感という異物が突き刺さる。種明かしはしないが、怪物がめざめる夜が来るのだ。濡れそぼった漆黒のアスファルトに、マリア・カラスの唄がかぶさる極致的に美しいシーンが圧巻だ。