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ミカ!

ミカ!
【文春文庫】
伊藤たかみ
定価 580
円(税込)
2004/4
ISBN-4167679027


  岩井 麻衣子
  評価:C
   子供の出口にいるミカとユウスケの双子の兄弟。ミカは成長がはじまりだんだんとオンナ化していく自分を認められず不安定だ。それなのに、両親は別居、姉は家出。もう最悪である。そんな双子の前にキウイしか食べない毛のはえたサツマイモのような物体が現れる。「おととい」と名づけられたそいつは、なぜかミカとユウスケの涙を吸ってどんどん大きくなっていく。悲しみ吸収体を抱いて隠れて涙を流すなんてよく考えるとクサイ話だが子供を主人公にしたことで「自己陶酔」などといういやらしい目をくらませる。また、あの頃の純粋なアタシなんて、あとから合成したような美しい思い出にひたったりもできる。児童文学というよりも、大人のための児童時代の思い出物語だろう。殺したり、騙されたり、過去の怨念が迫ってきたりという最近のどろどろした小説にうんざりした人におすすめ。素直に読めばそれだけ美しい。

  斉藤 明暢
  評価:A
   大人はどうして子供の頃の気持ちを忘れてしまうんだろう、なんてフレーズがあるけど、忘れるんじゃなくて、受け入れられなくなるんだと思う。
 自分が子供だった当時だって、それなりに考えたり計算したりして、自分が得するように立ち回ろうとしてた筈だけど、今にして思えば考えも行動も穴だらけだ。なのに、なんであの頃はそれでも良かったんだろうか?
 さほど幸福でも不幸でもない時間を過ごした大多数の人は、許されていたあの頃の自分と、それが許された世界を、今では受け入れられないのだろう。だから人によっては、そんな記憶や、いま現在その時間を生きてる少年少女のことを、嫌いになったりするんだと思う。多分それは嫉妬と似たものなんだろう。イヤな感情だと思うけど、そういうのってあるよな、とか思う私は、やっぱりイヤな大人なんだろうな。

  竹本 紗梨
  評価:B
   なつかしい。遠いところに忘れてしまった、すーんとするような気持ちになる。キャンプファイヤーの炎を見ながら、この時間がずっと続けばいいと思っていた。雨の降る高原で空が鬱蒼と黒くなり、隣で手をつなぐ男の子の手が離せなかった。力が入るその手が温かかった。先生たちはなんでそんなに子ども扱いするんだろう?と思っていた。今はその気持ちだけ覚えている。大人になっても、こんな感受性の強い男の子にずっと片思いし続けているような気がする。ミカの苛立ちも懐かしいというより親しいものに感じた。そんな動物は隠して飼っていなかったけど、オトトイのようなものがどこかにいたような気がするのだ。

  平野 敬三
  評価:A
   まばゆいばかりの瞬間瞬間をぎゅっと閉じ込めた、本当に宝物のような一冊だ。子供の頃のことを思い出すとき、人は少なからず甘酸っぱさを混ぜ込んでしまうもの。嫌なことや辛いこともあったはずだけど、不思議にいい思い出があふれてくる。本書は、輝いていた「あの頃」を思い出すときの、甘酸っぱさと切なさをたっぷりと疑似体験できる傑作である。一応、児童小説という形を取っている(単行本は理論社から発売)が、大人が読んでこそのお楽しみがたっぷり詰め込まれているからご安心を。というより、優れた児童文学は、すべからく万人をとりこにする力を持っている。ミカもユウスケもコウジも生活委員の安藤も、そして謎の生物体(?)オトトイも、登場するすべてのキャラクターがいとおしい。今はやりの「純愛」には斜に構えてしまう僕も、子供たちの「小さな恋」にはものすごく弱いのだった。

  藤本 有紀
  評価:B
   双子のユウスケとミカは小学6年生。ちょうど父さんと母さんにとっての別居や、お姉ちゃんが彼氏ともめている様子が大人は大人の、高校生は高校生の問題であるように、6年生は6年生なりの問題を抱えている。男勝りのミカは、体が女らしく変化してきて何となく女扱いされるのがイヤ、ユウスケもクラスメートの恋愛に戸惑ったり、父さんと母さんが離婚した後の事を考えて泣きたい気分になることも。そんな二人の酸っぱい涙と、団地の庭に生える酸っぱいキウイを食べて成長する奇妙な生物オトトイの存在もなかなかだが、今より狭かった子供世界が懐かしくもあり、また私や著者の子供時代を回顧するだけでは表現し得ないゲームボーイ世代の小学生がかわいらしく描写されていることもあって新鮮。ただし、小説家に備わるべき作風というようなもの、例えば「70年代はよかったな」であれ「黒人の男は美しい」であれ、読者を貫く直截の思いがこの作品単独では伝わってこないのが残念。池田進吾による表紙デザインは、白地の活かしたカンガルー親子の絵も文字の配置もすごく好き。

  和田 啓
  評価:B
   待っていたぜ、伊藤たかみ!!
 デビュー作『助手席にてグルグル・ダンスを踊って』は、大好きな恋愛小説でした。当時ぼくも恋愛していたからです。その後、あなたの作品に巡りあわなかったけれどこうしてまた読むことができました。昔の彼女に再会した気分で読ませてもらいました。
 今回は物語の背景が児童向けです。だけど思春期前の、「男の子と女の子」の話に変わりはございません。そして伊藤たかみは女の子(女性)の気持ちを描くのがとてもうまい。
 予期せぬシチュエーションで好きな人とふたりっきりになるドギマギした瞬間を永遠に写しとる。そこに爽やかな涼風が吹き抜けていく彼の作風は健在でした。