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だれかのいとしいひと
【文春文庫】
角田光代
定価 579
円(税込)
2004/5
ISBN-4167672022
>> Amazon.co.jp
>> 本やタウン
岩井 麻衣子
評価:B
同じクラスで隣の席になっても、卒業と同時にもう二度と会う機会のない同級生たち。普通は疎遠になった友達と偶然再会し、でかい恋の炎が燃え上がったりするドラマが小説で描かれるのだが、本書は、そんなドラマティックな展開とは正反対に、失いかけや失ってしまった恋に思いをはせる物語である。別れを過去として受け入れられず、どこまでも引きずってしまいそうな8人の主人公たち。誰でも経験したことがあるだろう、切ない思い出がそれぞれの短編にもりこまれている。どいつもこいつも辛気臭くて、自分の心に縛られているやつらばっかりだ。いろんなことに理由をつけて自分を正当化していく主人公たちは、友達のカレシと裏で会ったり、元カレの家に忍び込んだりする。じめーっとしながらも、誰かの助けを求めるわけでもなく、自力で前に進もうとする姿に好感は持てるのだが、すべての関係を頭の中で完結させていそうな主人公たちに何か背筋がぞぞっとしてしまうのだ。
斉藤 明暢
評価:A
一度も経験したことはないけど、なぜか経験したことがあるような、そんな既視感にとらわれる話だった。もちろん男性と女性の違いもあるし、そんな気持ちになったことさえないような物語だけど、なぜかそう感じてしまうのだ。「あ、その気持ちわかるな」という感じが出てきてしまったら、あとは自分が経験したのと一緒だ。
何となく地に足がついてない気がして、自分以外の周りだけがうまく流れているように感じて。今の場所から抜け出せないのは、自分のせいなのか。世界のせいなのか。そんな気分を感じたことのある人なら、あっという間に入り込めることは間違いない。
夢から覚めた夢を見てから、また目が覚めた時みたいな、あの感じだ。
竹本 紗梨
評価:A
「どんなに愛しくても、もう会えない」帯のコピーのように切ない、熱い物語ではないけれど、この8編の物語の登場人物たちはとても、近しい。別れた彼氏の部屋に忍び込んだり、かつて転校生だった元彼の気持ちを知るために変な会に行ってみたり、誕生日休暇をハワイでひとり過ごすはめになったり、姪と別れかけの彼と手をつないでデートする…。全く同じ経験はなくても、そんな不器用な自分がどこかにまだいるような気がする。失恋して街角でかかる音楽ひとつに胸を痛めていた、かつての私がまだどこかにいるような気がした。薄曇りの天気の中、ただ日常は過ぎていく。前向きな話ではないけれど、ハワイまで来る羽目になった彼女はこう思うのだ。「私をどこかに結びつけていた、風船の糸をこんなふうにプツリと切ってしまうために」ここまで来たのだと。運命的でなくても、不器用でも人生は流れていく。そんな気持ちにさせてくれた。
平野 敬三
評価:B+
どうしてもともだちと恋人を「共有」したくなってしまう(つまりともだちの恋人と浮気してしまう)女の子が主人公の「バーベキュー日和(夏でもなく、秋でもなく)」がいい。角田光代の書く小説の主人公たちは皆、さめた視線で恋人を見、世の中を見、そして自分を見る。だからといって彼や彼女が「何でもお見通し」というわけではなく、逆に軽く混乱しているところが面白い。ちょっと病んでる状態。ひとことでいえばそれだ。本書でもまた、ちょっと病んでる人たちの恋愛劇がぽつんぽつんと提示される。恋愛劇といっても、あくまでそれは恋愛の一コマをさっと切り取っただけのものだから、「え? なになに?」という間に終わってしまうときもある。だけど、ほんの一瞬、心にすっと入りこんでくる瞬間が時々あって、そういうときはたまらなくキレイな風景が浮かび上がってくる。もうちょっと前向きな主人公がたまには登場してくれるともっといいいのだけれど。
藤本 有紀
評価:C+
性交よりもキスが好きだという主人公が吉祥寺駅前のドトールで完璧なキスについて思考をめぐらす小一時間の話「完璧なキス」がよかった。「……唇の合間からほんの少しアルコールのにおいがすればなおのこといい。」という印象的な文は、長く記憶にとどまりそうな気配がある。他の7篇にこれといった美点を見出しえなかったのは残念であるが、角田の描く、私鉄沿線からほとんど飛躍しない物語世界というものが、矮小だと感じてしまうのだから仕方がない。『うさぎのミミリー』の庄野潤三私小説シリーズは好きだし、何も起こらない物語が嫌いというわけではないのだが……。「この恋愛が成就するなら臓器のひとつぐらい失ってもいいのよ」というぐらいに強く、フリーダ・カーロの絵みたいにどぎつい物語を読みたいラテン系? の私と角田光代はどこまでも合い容れないのかも。嗜好の問題に帰結してしまうが、濃密な小説を好まない人はきっと好きになれる小説だろう。
和田 啓
評価:B
だれかのいとしいひと。まず平仮名なのが嬉しい。ノーラ・エフロン脚本、ロブ・ライナー監督の映画を日本人的情感で味付けした作風を感じてしまう。角田光代の作品にハズレはない。
男女の機微を感度よく、涼感すら漂うタッチで描いたラブ・ストーリー集である。私的には「誕生日休暇」がオススメ。肩の力が抜け、微笑ましい描写に嬉しくなってしまった。
あの日のこと。失ってしまった幸福感。匂いや音、五感で思い出される「あの気分」を想見・追憶させる、やさしくてやわらかい文章にいつもながら恋してしまう。
表紙カバーの帯に「どんなに好きでも、もう二度と会えない」というコピーがついている。大丈夫。また会えます。