年別
月別
勝手に目利き
単行本班
文庫本班

神のふたつの貌

神のふたつの貌
【文春文庫】
貫井徳郎
定価 619
円(税込)
2004/5
ISBN-416768201X


  岩井 麻衣子
  評価:A
   何かを信じてるなんてろくなもんじゃねえと作者が思ってるかどうかは知らないが、私にとっては、やっぱり宗教ってうさんくさいと思ってしまった一冊。教会の牧師の息子として生まれた早乙女。神を信じるが故にその愛を確信できないということを悩み苦悩し、どんどん危ない方向へ進んでいく。家族の中に神が入り込み、全員が盲目的に神の愛を感じることができなかったが故に、何か歪んだ人間が出来上がっていく。どうしても神の愛に包まれたい早乙女親子がものすごくうざいし、その全体に漂う暗さが生み出す圧迫感に耐え切れなくなる。神の愛に包まれたいなんて一神教に固執せずに、「一粒の米にも神様が」の日本人方式えではだめですかと何度も訴えてしまった。世の中誰も救ってなんかくれねえ、とバカなことを考えながら読まなきゃやってらんない、ある家族の不幸物語。3部からなる早乙女親子の不幸の連鎖に救いはあるのか、答えが出ず、決して解決しない暗さが物語にまとわりつく。

  竹本 紗梨
  評価:A−
   世界で一番読まれている出版物である「聖書」。キリスト教を信仰している人にとって、聖書は絶対なのだろう。小説、歴史、思想…etc.聖書を知らなければ理解できないことが本当に多い。この骨太で荘厳な物語の中で、早乙女親子は「神」とその教えである「聖書」を探求し、親子で「神の決めた教え」で生きていく。妄信的で重い、話の骨格の重厚さは別として、この登場人物の考えはまったく理解できなかった。だけど理解できなくてもいいのだろう、信仰と人生をどうからませるのかは、その個々人の自由なのだから。だけど、この作者の他の作品は読んでみたいと思う。冷たく人の心を抉りとるような文体が印象に残った。

  平野 敬三
  評価:B+
   どうなのだろう、僕自身の読解力の無さもあるとは思うが、多分に消化不良の作品なのではないだろうか。作者の力量が半端ではないので、ぐいぐい読ませるが、作品の主題が恐ろしく甚大で深遠なものであるが故に、物語の着地点がひどくぼやけてしまっている。鮮やかな叙述トリックが途中にある分、落ちの曖昧さにうーんと考え込んでしまった。ただ、変にすっきり終わられても文句タラタラだろうから、このあたりはひとつの無い物ねだりなのかもしれない。神についての登場人物たちの考察は陳腐の一言だが(まあ、意図的なものだろうが)、先へ先へと読み手を誘っていく物語のちからは本当にすごい。特に最終章は、まさに寝る間を惜しんで読んでしまった。


  藤本 有紀
  評価:B
   卑屈な態度や愚鈍な仕草が相手の神経を逆撫ですることがある。私などは、知っている人に名前ではなく「すいません」と呼びかけられるだけで、なにそれ? と不愉快さ剥き出しの視線で応えてしまうことのある狭量な人間だが、痛覚を持たない早乙女輝が他人の中にそんな苛立ちの芽を見出したときほど嫌な予感のすることはない。嫌な予感はたいてい的中する。少年期のカエルを虐待から導かれる暗い予感。災いの芽が膨張してやがて飽和に達したときに起こる悲劇は、予定調和を思わせるから怖い話だ。トリッキーな仕掛けに「あれっ」と思わぬ読者はいないはずだが、構成ではなく私はむしろ文体を推す。「汲々とする」「誘(いざな)う」「忸怩たる思い」「忖度(そんたく」「蒙を啓く」といった言葉を駆使した引き締まった文章がいい。貫井徳郎にせよ佐藤賢一にせよ熟語・文語遣いがうまい作家のよどみない文章は気持ちいいですね。

  和田 啓
  評価:B
   今月課題本の難物。プロットは巧みでぐんぐんストーリーに引っ張られ、人物造型もものの見事。ただ、神との対話部分でいずれも殺しを持って完結してしまうところが腑に落ちず、傑作になり損ねている。主役の親子には、殺害後も神の意味について悩みに悩んで欲しかった。読み手は、物語の核心に入りきれず最後まで右往左往してしまう。この終わり方はないだろう。
 タイトル通り、神はふたつの要素を持っているのかもしれない。善と悪の要素を。応えてくれない神に答えを求めてしまうのが人間の性だが、ラストで共に犯罪を負った親子で山に登り、単なる自然との合一感から「神が見えた」としたのはただの錯覚だろう。
 遠藤周作『沈黙』を超えられなかったというべきか、現代人がより皮相的になったと筆者がいいたかったのか、わからない。