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ワイオミングの惨劇

ワイオミングの惨劇
【新潮文庫】
トレヴェニアン
定価 860
円(税込)
2004/6
ISBN-4102139214


  岩井 麻衣子
  評価:A
   ワイオミング州の20マイルと呼ばれる鉱山街に、やたらとでかいだけの銃とヒーロー小説リンゴ・キッドを抱えた少年がふらりとやってきた。何故こんな寂れた街にといぶかる人々。前半は小さな街にとけこもうとする少年と街の人々との生活が描かれる。少年が街になじんでいくのと同時に、読み手もまるで20マイルに住んでいるかのように街の人々を知っていく。しかし肝心の少年については謎のままだ。天性の詐欺師だとある街の人に言われた少年。彼の言葉には嘘と真実が見え隠れする。後半は州立刑務所を脱走した凶悪犯・リーダーが20マイルに現れ、人々を恐怖に落とし入れる様が展開される。いつ消えてなくなるかわからないくらい小さな街だった20マイルの本当の最後は劇的にやってきた。西部劇調ではあるが、拳銃片手にヒーローは登場しない。強さと弱さをもった身近にいそうな登場人物の描写がすばらしい。

  斉藤 明暢
  評価:B
   いつの頃からか、リアルでも物語の中でも、凶悪事件の犯罪加害者もいろいろ辛いことがあったんだから、その気持ちもわかってやれよ、みたいなことも言われるようになり、どうかすると反対に被害者側の非をあげつらうようなのを見かける事が多くなったけど、そういうのはちょっとヤな感じだ。それが凶悪犯の成り立ちや行動の説得力になる、ということなのだろうけど。
 突然現れた悪党のせいで、皆が不条理や暴力と向かい合わなくてはならない状況の中、悪党に迎合する者がいたり、逃げ出す奴がいたり、戦おうとする者がいたりするのは、意外とウェスタンの王道なのかもしれない。ちょっと違うのは、そこには英雄も勝利者も正義もなく、生き残った人達とその後の時代があるだけ、ということだ。正義と勝利の喜びを称えられる人なんか、初めからいないのだ。
 なぜか、話は全然違うけど、映画の「許されざる者」を思い出した。

  平野 敬三
  評価:A
   なんとも哀しい物語である。主人公にまとわりつく「陰」は、最後まで読者を息苦しくさせる。「勝利」のその先に待っているのが、希望ではなかったとしたら……。本書が描いているのは、観念的な絶望ではなく、そういう生々しい風景なのである。悪役・リーダーの狂気に烈しく嫌悪感を感じるが、同時に主人公・マシューの得体の知れなさも不気味だ。ユーモアや風刺にあふれた文章でありながら、読者の不安を煽りまがらじわりじわりと締め付けていく作者の技量に惹かれるがまま、一気に読んでしまった。いわゆる西部劇の王道を期待すると裏切られるが、一見、話が進んでいかないように見える前半のエピソードがことごとく後半部に活きてくるのが見事。今月のイチオシ。

  藤本 有紀
  評価:B
   「ラバは落っこちて谷底にベチャッと音をたてたが、……あのベチャはなかなかだった……!……だが、ラバはどうだ? 生まれつきのベチャものよ」「あのベチャときたら、じつに気持ちのいい音だったぜ」と、ラバ殺しの顛末を饒舌に語る嗜虐型脱獄囚が、ワイオミングのとある町を襲う。〈貸し馬屋〉にはロバしかおらず、保安官事務所には保安官がいない、鉱夫相手の酒場兼娼館が町の中心というそもそも退廃ムードの“20マイル”。その住民たちが強いられる悪夢のような屈辱行為の描写に、神経がキーと悲鳴を上げ、おのれの弁舌に酔いしれるの狂信的犯人が並べる悪言の数々に気圧された。ラバのベチャには……、まいった。どうやったらこのような心臓の表面を爪で引っ掻くような文章が書けるのだろう!