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ネガティブハッピー・チェーンソーエッヂ

ネガティブハッピー・チェーンソーエッヂ
【角川文庫】
滝本竜彦
定価 540
円(税込)
2004/6
ISBN-4043747012


  岩井 麻衣子
  評価:A
   普通の生活を送る高校生・山本陽介。友達が死んだり、期末テストが近かったりして、なんだか落ち込み、高級霜降り和牛二キログラムを万引きしてしまった。その格好悪さにさらに落ち込みながらの帰り道、雪崎絵里に出会う。有名進学校の制服を着たその女子高生は、チェーンソー男と戦う美少女戦士だった。軽い文体、いまどきの若者特有のなんだか冷めた語り口。謎のチェーンソー男と戦う美少女。こんな紹介だとなんだかなあと引いてしまうとは思うのだが、騙されたと思ってぜひ読まれたい。全てを持っているようでも、喪失感がまとわりつき、自分が何を求めているのかもわからない、しかし、夢中になれる何かを持っていなければならないとだめなような世の中に生きる現代の人々。陽介も絵里もそんな人々と同じ悩みを持つ一人だ。チェーンソー男との戦いに決着するとき真の幸せはあるのか、ないのか。本書の結末はある意味自己の許しだなあと思う。

  斉藤 明暢
  評価:A
   手っ取り早い「敵」がいるというのは、ある意味楽なのだ。そいつと戦ってればいい。憎んだり嫌ったり逆らったり蔑んでいるだけでもいい。悪いのはそいつなんだから。モラトリアムの学生だけではなく、そういう考えの人は、文字通り世界中にあふれている。
 で、実際どうなんだろう。その敵がいなくなったら、もし敵を倒せたら、あなたは幸せな人生を過ごせるのか? と尋ねられて、迷わずイエスと答えられる人がいたら、今のところは幸せな人なんだろう。でも、自分の立ち位置を決めるのに敵が必要な人は、敵がいなくなることを恐れている。「敵」あってこその自分なのだ。尾崎豊が後年、曲を書けなくなったのも、その辺の理由からだろうという気がする。
 単純で強大な敵の姿なんか見えない。目の前の「敵」を消しても、自分自身が変わるわけではない。人と違う事をしてるから、人と同じ事をする必要がないなんて訳でもない。
 そんな中でも、みんな生きてるし、生きていかなくっちゃならないのだ。

  竹本 紗梨
  評価:B+
   実のところ、他の人はどのくらいスゴイ妄想をしているのだろう?その部分だけはどれだけ親しい友だちとも、恋人とも共有したくないし、知られた瞬間に走って逃げ出してしまいたい。例えばヒーローになって、悪と戦う…なんて分かりやすい妄想、それとも存在意義?そんな生活が思いがけず天から自分の生活に降りかかってくる。高校生の陽介と絵里は、ヒーローになって雪にまみれながらひたすら、そして意味なくチェーンソー男と戦うのだ。日常に倦んでいるときに、分かりやすい意味があればとても楽。だけどその楽さから逃れようとして、涙を流して踏ん張る。社会人だから毎日働いているけれど、じたばたしているのは同じだ。どこが違うのか、どうやって大人になったのかと聞かれたら特別な答えは持ち合わせていない。チェーンソー男みたいな分かりやすい生きがいがいなくても、やっていくしかないし。なんてことをぼんやりと考えながら読んでいたので、ネガティブには感じなかった。あ、大槻ケンヂっぽかったです。正しくネガティブさを突き進んでもらいたいので期待!

  平野 敬三
  評価:B+
   はちゃめちゃなストーリー展開とは裏腹に、えらくシリアスな衝動から書かれたであろう、青春小説の佳作である。なんだか、20歳前半で考えていたことや皮膚感覚みたいなものが詰め込まれていて、読んでいて少し恥ずかしかったが、純粋にいい小説だと思う。いかにもオタクな人たちが好きそうな展開(特に主人公・山本と闘う美少女・絵里の関係とか)で、本作にAをつけなかったのは単純に僕のオタク差別によるものである。というより、自分にそういう要素があることを認めたくないんだな、きっと。けっこうグッときてたりしたので。「敵」が見えなくなった現代が不幸だとは思わないが、漠然とした不安や焦燥に向き合うことを嘲る人間を僕は信用しない。その点で、軽いタッチの文章を綴ることで、ウジウジ悩む自分を開放しようとした著者の姿勢は、とても好ましいものだと思う。

  藤本 有紀
  評価:B+
   陽介と絵理が戦わなくちゃいけない対象がチェーンソー男じゃないとするとそれはそれでかなり重くて、めんどくさいし、できることなら回避したいところなんじゃないかと思う。だから陽介は真冬の氷点下の夜中にチェーンソー男と戦う、その助太刀をするほうがマシだと思ったわけでしょ。そりゃそうするよ。
 なんでもこの頃の小学生は交換日記やら何やら集団の縛りが大変らしいけど、高校生もまたいろいろあるのだろう。ま、高校生にいろいろあるのはそりゃ昔からそうですよ。だけどいまどきの高校生はそういういろいろをヒョイヒョイかわすのがうまいみたいだ。陽介が担任の下宿訪問の際、名物の羊羹を出して軽めのムードを作ろうとしたり、「このトンネルは出る。ムーに載ってた」なんていう即興にも、躁鬱気味で多趣味の渡辺が小説を書いて「ケンザブロウも目じゃねえよ!」と叫んだりする姿にもカラっと笑えるし、なかなかセンスあるよねぇ高校生よ、と思う。だけどなんか痛々しい。加藤先生じゃないけど。学校に行きたくないのと、仕事に行きたくないことは根本的に違う。というか学校に行きたくないほうがしんどいって分かるからかな。「この本読んでがんばってよ」と高校生たちにはいいたいところだけど歓迎されないかも。