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十八の夏

十八の夏
【双葉文庫】
光原百合
定価 600
円(税込)
2004/6
ISBN-4575509477


  岩井 麻衣子
  評価:A
   表題作「十八の夏」がすごくいい。四月から浪人生活が始まることが決定した信也。彼は中ぶらりんな気分の春休みに何となく始めたジョギングの途中、土手で絵を書く女性・紅美子に出会う。何となく観察していた彼女が誤って風に飛ばした絵を信也が拾ったことから、二人の人生が交錯する。どんどん親しくなっていく二人だが、紅美子は何やら腹の底に隠しごとがあるらしい。そんな危うい関係の二人には切ない結末が待っていた。破滅に傾きながらも持ちこたえた紅美子と、きっと一生心に残る思い出として十八の夏を忘れないだろう信也。二人の出発がとても爽やかだ。本書には他に3編が収録される。全て人との関係を誠実に築こうとする人々が描かれる。花をモチーフにした4編全てに、心に心地よい花の香りが漂ってくる一冊である。

  斉藤 明暢
  評価:B
   不器用な女性は演歌かメルヘンになれるが(違うかな?)、不器用な男はギャグにするしかない。なぜならあまりに哀れだからだ。そして、そういう人が好き、という女性が世の中に存在するなら、まだそんな男達は生きていく余地が残されているというものだ。
 夏のアサガオ、キンモクセイ、ドでかい花束、夾竹桃といった小道具と、哀しげな女性、愚かしくも懸命な男たちのそれぞれの物語は、どれもハッピーエンドではない気もするけど、まだ生きていっていいんだ、と信じられる余地を残している。生きていくには、そんなちょっとした隙間とか引っかかりがあれば、後はなんとかできるものなんだろう。そんな気がした。

  竹本 紗梨
  評価:B+
   「十八の夏」はタイトルが夏の物語だけど、春の描写が素敵だった。浮き立つ気持ちと春風、町を流れる小川。そんな中にひそやかなストーリーが潜んでいる。何かが起こりそうな気持ちと、そんな淡い希望にも揺るがない、硬い、こわばった感情。その対比が、春風の暖かさと夕暮れの薄紫の空、そんな風景を思い起こさせるのだ。切ない気持ちと、それを終わらせた夏。すうっと本の中に入っていけた。その次の関西の小さな町に起こった「ささやかな奇跡」このお父さんの控えめすぎる生き方が好きだ、そしてその心の小さな揺れにも、共に揺れた。「兄貴の純情」読んでいて、気持ちがいい。ささやかで切ない物語群が、軽く心に残った。

  平野 敬三
  評価:AA
   一書店員の立場から言わせてもらうと“ささやかな奇跡”に出てくる「さくら書店」は眩しすぎてちと嫌味である。一冊一冊の陳列まで行き届いた棚、急所を付いたポップアップ、人間味溢れる常連客との会話。どれもこれも忙しさに飲み込まれてしまう書店人にとっては強烈なあこがれなのだ。つまり「さくら書店」は僕にとっては理想的な本屋であり、そういうものがひとつの恋の出会いの場として登場してくるのだからまったくもって嫌になる。オレモソウイウコイガシタイ……。
 本書にはそんな「あこがれの恋」が随所にちりばめられている。危うさと隣り合わせの幼く刹那的なものあれば、極めて小説的なドタバタでいながらほんのり淡い恋もある。そして反則的に切なすぎる表題作のラストシーンは、いつまでもいつまでも心に残り続ける。表層的には牧歌的でいながら、ときおり挿入されるドキッとするような台詞や描写が痛い。日常に埋没した「しあわせ」は、誰に探してもらうのでもない、他ならなぬ自分自身でつかみ取るものだ。そんなことをそっと語りかけてくれる傑作連作集。

  藤川 佳子
  評価:A
   オトナだよなー、この主人公の男の子。私の18の夏ってどんなだったかな? もう、忘れてしまいました。
 18歳ってなんだか特別な年齢ですよね。オトナでもなく子供でもない宙ぶらりんな状態がとっても色っぽいっていうか……。反対にすごく大人びているというか。
 そんな18歳の夏に起こった、甘くて切ない事件。最後のタネ明かしで、胸がキュンとなったらアナタもまだまだ青春中ということです。

  藤本 有紀
  評価:A−
   男性の爽やかさ、というのは何事にもかえられない美徳だなぁ、と常々思ってきた。「あぁこの人は一見爽やかだけど、あだち充の漫画に影響され過ぎている。」と気付かなきゃよかったところに気付いてしまった、惜しい人に出会ったことがあるが、爽やかさというのはそれだけ、後天的には得難いものという意識がある。表題作「十八の夏」は、三浦父子という類い稀なる爽やか人物を生んだことが第一のヒットである。朝帰りの二人が偶然出会う場面の描写を読めば、この点に賛同いただけるのではないかと思う。短い作品ながらちゃんとひっくり返る物語、としての完成度の高さが第二のヒット。それと、暑苦しい恋愛もの好きの私もそこそこ満足させる、紅美子の配置も効いている。
第二篇「ささやかな奇蹟」。泣かされはしなかったがラストには思わず目頭が熱くなる、人情路線の物語。そのせいか、プラトニックな藤田宜永とも、ハードボイルド抜きの浅田次郎とも……、思ったりして。

  和田 啓
  評価:B
   やわらかくって品のある関西弁が心にやさしい。登場人物の心情が胸にスーと入ってきて心地よい。空は青くて広い。嬉しかったことを好きな人に早く話したくなる、そんな作風だ。
 本文から引く。「人が笑顔を作るのは、自分を美しく見せるため、相手への好意を伝えるため、誰かを励ますため、その目的が何であれ、幾分かは誰かに見せるためのものだ。純粋に自分の喜びから沸き上がるような笑顔には、赤ん坊をのぞいてめったにお目にかかることはない」としながら、人の心の軌道や日常の奇蹟を市井の人々から光原百合は立ち上げてみせる。清々とした生成りのような魂を現出してみせるのだ。淡い水彩画がストーリーとともに完成していく様は、読者の心を静かに満たしていくだろう。