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天国はまだ遠く
天国はまだ遠く
【新潮社】
瀬尾まいこ
定価 1,365円(税込)
2004/06
ISBN-4104686018
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  川合 泉
  評価:A
   自殺を決意し、誰も自分を知らない町で最期を迎えようと旅に出たOLの千鶴。しかし、降り立った山奥の民宿で生活するうちに、千鶴の中で何かが変わっていった…。都会の喧騒に疲れて、山奥でゆっくりと暮らせればどんなにいいだろうと考える人は多いと思う。しかし、都会に住んでいた人間にとって、田舎での生活は初めの内は新鮮だが、最終的に自分の居場所を見つけるのは困難である。そんな心情の移り変わりが、しっかりと描かれている。
民宿の主人・田村さんとシンプルな暮らしをする中で千鶴が感じることは、共感できる部分が多く、作者のポイントの押さえ方はさすがだと思いました。「あなたは何のために生きているのですか」。そんな疑問に向き合わされる作品です。「大人のための夏休み課題図書」に是非この一冊を!

 
  桑島 まさき
  評価:B
   前作「図書館の神様」同様、読みやすく爽やかな読後感を残す。前作は、学生時代の苦い経験をひきずり社会に馴染めないヒロインが田舎の学校で妙に味のある教え子との出会いを通して再生していく話だった。今回は、社会に適応できず〈負け犬〉となったヒロインが疲れはてて死に場所を探して旅にでたものの、そこで出会った人々や心和ませる自然の中で再生していく物語だ。特別、再生の契機となる事件は起こらない。飄々とした「田村さん」とのふれあいや静かな生活の中で確実にヒロインは癒されていく。
 天国へ行ってしまうのは実に簡単。しかし、人は、生きた証、生きていく証を残すために何かをしなくてはならない。それは義務ではなく、おそらく万人の共通の願望だ。ヒロインとて例外ではなく徐々に体内にエネルギーを蓄積させていく。都会の喧騒を忘れさせる旅は、「休憩」の時間から「前進」の時間へと人を誘う。自分の居場所ではない、自分の日常をきちんと作りたい、という思いを強くするのだ。平易な文章だがヒロインの人柄のよさ、芯の強さが行間から浮かび上がってくる。ガンバレよ!

 
  藤井 貴志
  評価:B
   この作品を読むと一人旅に出かけたくなります! この主人公のように“自殺の死に場所探し”というのは極端だけど、適度な現実逃避はうまく生きていくうえでの欠かせないノウハウだと思う。場所の移動は脳に強い刺激を与えるらしいので、旅でリフレッシュするというのは理にかなってもいる。
本書では、自殺志願者である女性と、彼女が偶然にたどり着いた民宿の若主人を中心に話が展開する。女性のほうは自殺を決意しているもののどこか抜けていて死にきれない……。一方で決して繁盛しているとは言えない民宿を1人で切り盛りしているこの若者、無口で乱暴に見えるけど実は気遣い上手……、ドラマにもよくある“ホントはいい人”キャラってやつだ。こうしたキャラクターの設定は新鮮味に欠けるが、主人公とのコミカルなやりとりが笑いを誘い、結果として主人公を救うことになる。のどかな風景と豊かな自然の恵みが随所に感じられるのも嬉しい。
読後、以前にイスタンブールで出会ったトルコ人のおじさんに久しぶりにメールを出したくなった。そんな “かつての旅先の縁”を大事にしたいと思い出させてもくれる。

 
  古幡 瑞穂
  評価:A
   年頃の女性と男性が一つ屋根の下にいたら、当然のように恋愛モードに突入するのを期待してしまう自分が恥ずかしい。それくらいこの主人公と田村さんの関係が素敵でした。『卵の緒』も『図書館の神様』も良かったけど、今回は徹底的に癒されました。真っ向直球勝負のほのぼの小説!千鶴が訪れる場所は縁のなかった地名なのですが、話がすすむにつれ既視感をおぼえるのです。そうそう、こういう満天の星空を見たよね。こういう山道あったよね。と次第に懐かしくなってきます。今やそういった場所にゆっくり身を置くのも難しくなりましたけどね…同じ体験をしてもらおうと、お疲れ気味の友人にさっそく本書をオススメしました。
 今や新刊必読作家になった瀬尾さんですが、どの作品もあまりに素直で真っ当すぎるのでここらで少し毛色の違う作品も読んでみたいなと思っています。

 
  松井 ゆかり
  評価:B
   前作「図書館の神様」では、不倫に悩む主人公。そしてこの「天国はまだ遠く」では、自殺を試みる主人公。どちらも個人的には感心できない行動パターンだが、不思議と主人公たちにマイナスの感情を持つ気にならない。徳のある文章、と言ったらいいのだろうか。
 人生に疲れた人間の癒しと再生の物語、と言えば陳腐に聞こえるが、素直に受け止められる作品だ。主人公千鶴が出会う人々や自然は、時に厳しくも、傷ついた心には優しい。中でも民宿の主人田村さんは、30歳にして現代の感覚からすれば仙人のような風情の人物で、魅力的。きっと田村さんの方がちょっとだけ先に千鶴を好きになっちゃったんだね。
 がんばらなくていい、でも前を向いて歩いていこう、と気分が上向きになる物語だった。

 
  松田 美樹
  評価:A
   アメリカ映画を観ると、水戸黄門的な勧善懲悪がわかりやすくて、何も考えずにぱあっと楽しめるけれど、だからってそんなに都合良くはいくはずがないでしょと突っ込みたくもなります。瀬尾さんの本は、それとは反対に、もっとハッピーエンドですっきり終わってもいいんじゃないかなあと思ってしまう。未来に向かう希望の光が差し込む感じではあるけれど、もっと御都合主義的な楽しさもあっていいんではないかと。ただ、そうなると、天の邪鬼の私は人生はそんなに上手くいかないよと言う気もしますが。
 まじめに、とてもまじめに生きてきたからこそ千鶴は壁にぶつかり、遠くの場所で自殺しようと旅に出るところからストーリーは始まります。でも、辿り着いた場所には、自然体で生きる人々のオンパレード。彼らは、過剰に親切でも冷たいわけでもなくて、やりたいようにやるという感じ。そんな人たちや自然に囲まれているうちに、じわりじわりと千鶴の心は変化していきます。読んでいるこちらまでもが心の再生を果たすような気持ちに。
 仕事や周りの環境に疲れた時に読むと、元気を取り戻せそうな1冊です。

 
  三浦 英崇
  評価:B
   今を去ること5年近く昔、好きだった会社を辞めざるをえない状況になりまして。死こそ考えなかったものの、毎日憂鬱な顔で図書館通いをしていました。本当に、何も考える気力すら起きないまま、なげやりになっていた日々から立ち直るきっかけの一つとなったのが、図書館から見える公園の、満開の桜でした。なぜ、そう思ったのかは思い出せません。でも、あの風景を見て「まだ、やれる」と思ったのは確かです。
 この作品では、主人公・千鶴が、自殺するつもりでやって来た田舎での「旅の日々」を通じて、徐々に立ち直ってゆきます。その心情の変化が、私にはそれこそ、手にとるように理解できました。
 どうしようもなく心が疲れてしまった時には、何の変哲もない景色を見よう。美味しい食べ物を食べよう。気楽な会話をしよう。そういう、特別に仕立てたようなものじゃない、何気ない物事こそ、人の心を救うのだ、と、この作品を読んで、改めて思いました。