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天空への回廊

天空への回廊
【光文社文庫】
笹本稜平
定価 980円(税込)
2004/7
ISBN-4334737110


  岩井 麻衣子
  評価:C
   エベレストの山頂付近にアメリカの人工衛星が落下。清掃登山で有名なアルピニストの野口さんが聞いたら絶対に激怒するだろうこの事件は、山頂を目指していた各国の登山家を多数巻き込んだ。登頂に成功した直後に襲われ何とか助かった真木は行方不明になった親友のマルクを探すため、アメリカの衛星回収作戦に同行する。何やら隠しているアメリカ。どうやらただの人工衛星ではなく、軍事的な秘密があるようだ。八千メートル超という高所に落とされた軍事衛星。驚愕の始まりであり、今後どんな展開が待つのかどきどきさせられる。しかし、その後の真木の役割、なぜ衛星が落とされたかなど謎解きの部分は、何か前にも味わったことがある気がするのだ。映画「クリフハンガー」、小説では『神々の山嶺』や『ホワイトアウト』など、雪や高山といった前出の作品たちを混ぜて出来上がったような感じか。もう少し個々のキャラクターの掘り下げが欲しかった。

  斉藤 明暢
  評価
   金さえあれば、誰でも宇宙や南極にまで行けてしまうかもしれない現代だが、それでもプロ中のプロでなければ到達できないような場所は、まだまだ沢山存在している筈だ。英雄的な行動、絶対的な孤独、圧倒的な力。そんなものがまだ厳然として存在しているのが、世界最高峰の高地なのだろう。物語の展開や道具立てについては、個々の分野について専門知識のある人なら突っ込み所満載なのだろうが、だとしても大いに痛快な展開だった。
 物語では高地という極限の地で活躍する男達の生き様を描いていて、それには大いに共感と憧れを感じると同時に、自分には多分そんな生き方自体が無理だなとも思う。だから、彼らは低地に降りた時は、どんな気持ちで日々を過ごすのだろう、なんて聞くのは野暮なんだろうなあ。

  竹本 紗梨
  評価:A
   この異世界でのサバイバルは、天高くはるか8千メートルの上空で、目に見えない巨大な敵と果てしなく続けられていた。主人公の郷司は経験豊かな登山家だ。エベレストでの下山途中に衛星が落ちてきて九死に一生を得るが、別の場所で登山中の親友が重症を負ってしまう。郷司は、冷戦時代の重大な秘密をはらんだその衛星にからむ巨大な陰謀に巻き込まれていく。郷司の武器は、その身体一つと経験値のみ。そこには薄い空気と寒い空気、そして人の感情だけが存在している。息をつく暇もなく戦いは続くが、その戦いに勝てるのは、その想いの強いものだけ…。強く、鋭くエベレストや厳しい自然を描写している。長い物語でたくさんの登場人物と、たくさんの陰謀・思惑が描かれているが、その思いが1つにつながった瞬間に起こる力は見事だった。この長さを読ませる力のある小説だ。

  平野 敬三
  評価:C
   スケールの大きな小説が必ずしも傑作になるとは限らない。本書はまさにその典型的な例で、物語の面白さがスケールの大きさについてこれないもどかしさがある。また、登場人物達の行動が、なにか物語の進行の都合に合わせているように感じられ、いまいち彼らが「生きている」感じがしなかった。たとえば宮部みゆきの一連の作品では、どんな端役であってもその人の暮らしぶりが薄ら見えてくるものだが、本書はひとりひとりが「コマ」のような扱われ方をしていると感じた。そのひとの「顔」を描こうと躍起になるあまり、中途半端な「物語」を本編に持ち込み過ぎて消化不良をおこしてしまっている。決して駄作と呼ばれるような作品ではないし、途中かなりエキサイトした場面もあるにはあるのだが、何しろこの長さだ。こういうことにこだわるのもどうかと思うが、「長い話」を読ませるからには作家としての責任はとても重いわけだから、このあたりはシビアにいきたい。ん? これって某直木賞選考委員と同じかな。(話題が古い)

  藤川 佳子
  評価:A
   私だけでしょうか。スケールのでかい小説を読んでいると、つい「これを映画にしたら…」と、勝手に配役を考えて楽しんでしまうのは。けれども、この主人公・真木郷司を演じられる役者は思いつきません。だって、彼ってばカッコ良すぎる!
 エベレストに墜落した衛星の回収作業に、ひょんな事から巻き込まれてしまう主人公。その怪しげな衛星をめぐって様々な国の様々な思惑が交錯し、最後にはアメリカの大統領まで出てきて「がんばれ、サトシ! 世界の運命は今、君の手に掛かってるんだ!」ってなるんです。もう、話が二転三転して、途中で栞が挟めません。時間のあるときに、一気読みすることをオススメします。

  和田 啓
  評価:B
   地球上で最も宇宙に近い場所、世界最高峰エベレストが舞台。(天国に、ではなく宇宙に近い)いわゆる登攀ものと云われるジャンルにミステリーがスパイスされた壮大な物語になっている。酸素は平地の三分の一、気温は酷寒、高所性の頭痛や吐き気を伴う想像絶する空間。〈デス・ゾーン〉と呼ばれる海抜8000メートル以上の世界は、人に死後の永遠を垣間見せる禁断の領域だという。主人公の日本人アルピニストは、頂上付近でジェット機のような轟音を聴き、オレンジ色の火の玉を目撃する。それは国家級の軍事犯罪との遭遇であった。
 壮麗な北西壁の雪模様、集塊の圧倒的なシルエット、白い亡霊のような雪煙……といったエベレストの描写や微細なカトマンズの街並みのスケッチは、足を運んだことのある人にはたまらないシーンだろう。ただし、物語の展開は単線気味で抑揚が足りず感動し損ねた。題材はいいのだけれど。