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源にふれろ

源にふれろ
【ハヤカワ・ミステリ文庫】
ケム・ナン
定価 945円(税込)
2004/7
ISBN-4151748512


  岩井 麻衣子
  評価:A
   砂漠の閉塞した田舎街に姉と共に母に捨てられたアイク。年月は過ぎ姉もまた家出する。そのまま行方のしれなかった姉の消息を、ある日訪ねてきた若者に知らされる。カリフォルニアのあるビーチで姿を消したという姉。その失踪に関係があるらしい3人の男。アイクは姉を探すため、砂漠を出発した。姉の住んでいたという街はアイクの砂漠の街とあまりにも違う。ふとしたことで知り合ったバイクに乗る青年に助けられながら、アイクは街になじんでいこうとする。麻薬とセックスのはびこるサーフィンの街。アイクは姉の消息を探りながらそんな街に溺れていった。母に捨てられ、未来を感じられない街で育ち、その思いを姉に向けざるを得なかったアイクの心がとても悲しい。しかしながら友情や自分というものをつかんでいくアイクがまぶしくも見える。20年前に出版された本書は、過去を自分の中でしっかりと見つめなおし、大人へと成長していく最上の小説である。

  斉藤 明暢
  評価:B
   若い時期というのは、そんなに美しいものでもないし、格好良く振る舞えた訳でもない。それでいて、何かが輝いたり鮮烈だったりしていたような、あるいはそうだったと思いこみたくなるような、不思議な時期だ。そんな時期にサーフィンを始めたり麻薬をやったり人生の絶頂を感じたりしたら、その後はどんな人生になっていくんだろう? あいにくサーフィンをする人の気持ちはわからないが、彼らが波や風や自分自身の肉体とダイレクトにコミュニケーションするタイプの人なのではないか、という事くらいは想像できる。
 舞台設定はそれほど古いわけではないのだけど、妙に懐かしい雰囲気やテンポを感じる作品だった。キツめの色づかいでフィルムにたくさん傷が入った映画を見ているような、そんな気分になった。

  竹本 紗梨
  評価:B+
   暗く重苦しい青春小説だ。この主人公の切なさや焦りを笑って読み飛ばせる人はそうそういないと思う。何もない砂漠の町から大波の中に飲み込まれ、じたばたと人生を探し始める主人公の少年アイク。初めて買ったサーフボードには「源に触れろ」のロゴが入っていて、店の店員にだまされて買った、大波用のボードだけどそれを手放した後も心に残っている。アイクは姉の失踪にまつわる秘密に近づくため、その町で挫折を繰り返しては、生き抜く術を覚え、子供には手におえない世界があることを知った。伝説のサーファーも、成功した人間もかつては「自分の生き方を持っていた」。ただ大波にのまれるより早く、自分の人生を壊して行くのを間近で見てきた。だけどアイクも恋人のミッシェルも踏み潰されても、あきらめないのだ。負け犬のしるしのタトゥーを持ったまま、自分で自分を潰してしまわないよう生きていく…。本当に重苦しい小説だ、人生の重苦しい部分をきっちりと切り取っている。

  平野 敬三
  評価:A
   いつまでもこの雰囲気に浸っていたい。そう思わせる作品である。青臭く愚かでナイーブな、しかしそれだからこそ最高に輝いていた日々を、丁寧に描き出した青春小説の傑作だ。個人的にこういう「退廃的な生活に汚されていくピュアネス」というテーマには非常に弱く過剰に入れ込んでしまうことを差し引いても、多くの人にお勧めしたいと思う。相手が善人か悪人か二者選択しようとするあまり、時に応じて善人に見えたり悪人に見えたりしてしまう、主人公の若さゆえの右往左往ぶりがいい。誰かを過度に愛したり、過剰に憎んだりすることができるのは、人生のなかの限られた期間だけだ。そして僕はと言えば、ひそかにその時代に未練を残しているのかもしれない。だからこそ本書を読んで、いいようもない胸の苦しさを感じるのだろう。

  藤本 有紀
  評価:B-
   男というものは失った童貞を美化する節があるようで、これはどういう心理なのだろうか? という疑問にこの小説が端的に答えてくれるわけではない。「童貞の喪失に連なって大人になりつつある時期」、短くいえば青春、を美しく描いた小説ではあるのだけれど。
 家出した姉を探しにカリフォルニアにやって来たアイクが、そこで目にしたサーファーの陽に焼けた肌や褪色した髪、引き締まった体、女の子の長い脚が目に浮かぶ。日光は植物を成長させるが、浴び過ぎると人は年齢より早くに老成してしまうようだ。かつての伝説的なサーファーのひとりハウンド・アダムズは、あまりに長く陽の光を浴びてきたせいか、美しさの中に老いが漂う。白髪の混じる不精ヒゲやこわばり始めた肌というイメージが行間から浮かび上がり、アイクとは対照的。強い陽光に年中さらされている海辺の町みたいに色褪せたペンキ色の、全体的なもの悲しさが尾を引く。

  和田 啓
  評価:A
   この小説は辛い。痛い。鳩尾に強烈なボディブローを打たれたようで、後からジワジワと効いてくる。哀しみに浸っているわけにはいかない。明日はまたやってくるのだから。
 主人公のアイク・タッカーは何もない砂漠の町から、カリフォルニアに出てくる。家出した初恋の姉を探すために。主人公は当初徹底してダサい。光眩い海辺の街でサーフィンに出会い、兄貴分の不良たちに揉まれ、正真正銘の恋をし、磨かれていく。この作品には青春のはじまりと終わりが描かれている。小さくて貧弱だった少年が波を相手にすることで筋力をつけ胸板を厚くし、ついには対立していた男たちや面倒な現実にまで立ち向かっていくようになる。頼もしいのだが切実で痛い。
 終章近く、彼が海の一部になるシーンを引く。「鳥も、イルカも、海のなかへさしこんだ陽光をうけた海草の葉も、すべて一つになり、アイクはそれと一体になった。そして閉じこめられた。源にふれているばかりではなく、源のなかに入りこんでいた」。
 青春の輝きは一瞬なのだと悟らされる至高の場面だ。