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ハバナの男たち

ハバナの男たち(上下)
【扶桑社ミステリー】
スティーヴン・ハンター
定価 880円(税込)
2004/7
ISBN-459404753X
ISBN-4594047548


  岩井 麻衣子
  評価:C
   第二次世界大戦が終了した数年後、キューバではアメリカの大企業やマフィアが進出し、各国のスパイがしのぎを削っていた。アメリカの傘下となっていたキューバ。その国民の中に共産主義を唱える青年カストロが現れる。アメリカCIAはカストロを暗殺する為、アール・スワガーを刺客に採用した。本書は主人公アールが活躍する3作目らしい。話としては独立しているため、初読でも十分だ。また脇の登場人物も前作からでている人がいるようなので、シリーズのファンもマニアな喜びを味わえるのではないだろうか。アール・スワガーは「オレ様=英雄=正義」という感じでどうも好感が持てない。大国が操る未来はないというメッセージを強烈に感じるのではあるが、アール英雄殿が正義なんだとはちっとも思えないのだ。

  斉藤 明暢
  評価:C
   もうちょっと年上の設定だったら、ショーン・コネリーあたりが演じるといいだろう。ストイックでプロの軍人であった主人公がスカウトされるのというのは、それほど違和感はない。よくわからないのは、脇を固めるその他の登場人物だ。ちょっとヌルめな感じがする。若き日のカストロでさえもだ。主人公と対等な基準で戦える敵が、あまりいないせいかもしれない。
 アルコールに浸ることを恐れている主人公の背景や、終盤の切れっぷりがもう一つ納得いかない感じなのは、この主人公がシリーズの中で説明描写を積み上げてきたタイプだからなのかもしれない。以前のシリーズを読んでいたら、また違った感想になるのかもしれないが。

  藤本 有紀
  評価:B+
   南国の開放感も手伝ってか、男たちの盛り上がった欲求がインスタントに処理されていく娼館街と、日毎テニス・ゲームや冷たい飲み物が供される重厚な造りの外国人用邸宅が同衾する50年代のハバナ。サトウキビや熱帯果実の甘い果汁に寄せられる蜜蜂のごとく、種々の男たちが集まる。若きキューバ人思想家、CIA、イタリア系の殺し屋、ラーゲリ帰りのソ連人、大企業の重役、ギャングのボス、拷問マニアの軍人、そして男気あふれる主人公アール。だれかがだれかの命を狙い、そのだれかの命を別のだれかが狙い……、銃弾と血飛沫の雨が降る。要人の乗る車が狙撃され、頭に弾を受けた運転手の横から手足を出してシフトレバーとペダルを操作するアール、といったど派手なアクションシーンに素直な高揚感を覚えた。賢い者は賢く、未熟な者は未熟に、狡猾な者は狡猾さが際立つよう見事に書き分けられた人物、ストーリーを絡まらせない文章の簡潔さを賞賛したい。スペイン語や略語、隠語の類いはルビと傍点を駆使し訳され、また「バモス!」のような原文の音を潔く訳文に持ち込んだカタカナがいいリズム感を生む。「ソンブレロ頭のメキシコ人」ってすごい表現だけど訳語もばっちりでしょう? 男度95パーセントといったところなのでロマンスは必要最低限か。

  和田 啓
  評価:A
   1953年、アメリカ政府の傀儡であるバティスタ政権下のキューバ。昨日の残滓をとどめたままの海や魚や果実や肉や家禽や煙草のにおいが、強くて甘いコーヒーの芳香に後押しされながら、そよ風に乗ってくる街、ハバナ。フィデル・カストロは26歳。まだまだ「パパ」の称号にはほど遠い、かのヘミングウェイも作中に登場する。
 若き日のカストロと彼に革命を指導する強烈な威厳を備えたソ連の秘密工作員。カストロを消す使命を隠され、アメリカからキューバに送られた信義に厚い主人公が物語の主旋律を成す。とりわけソ連人とアメリカ人との友情が忘れがたい。
 娼婦の街ハバナ。半植民地状態であった当時のキューバ。オールド・ハバナの描写が素晴らしい。そうなのだ、革命は必然的であった。キューバに占領や銃砲は似合わない。砂糖とラムにミントの小枝、たっぷりとラムを注ぎたしたモヒートに情熱的な太陽と蒼い海、そして陽気な音楽こそがふさわしい。